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2010/05/16 on air  「仏教の教えって何ですか?」                     (guest) 五木寛之さん

親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」)


親鸞 (上)


五木 寛之



(オープニング)

「こんばんは、岡田准一です。 今夜も始まりました 『Growing Reed』
この番組では、毎週一つのテーマの専門家をお呼びして、徹底的に質問。
番組の終わりには “考える葦” として、
僕も、みなさんと一緒に、成長したいと思います。

えー、今夜のゲストは、作家の 五木寛之さんです。
五木さんといえば、古くは 1970年代に 『青春の門』シリーズが 大ヒット。
その後、1998年に 『大河の一滴』 が ベストセラー、映画化も されました。

僕も、実は、五木作品は、結構 読ませていただいていますね。
その、五木さん なんですが、実は、2004年に 仏教伝道文化賞というのを受賞したほど、
仏教に 詳しい方なんですよね。
昨年 出版され、話題となっている 『親鸞』 も、
激動の中世を生きた 宗教者の青春を描いた 作品です。
僕も、読ましてもらいましたけど、ほんとに あの 『親鸞』 の作品は、読みやすく、
仏教が こう、ちょっと、入口が わかるというか。
五木さんは、どの世界にいるんだろう って、こう、思ってしまう本でありましたけど、
すごく、読みやすい、なんだろう、仏教がわかる と言ったら おかしいですけど、
そういう感じのする 本です。

大きな時代の変わり目にある いま。
日本人は、どう生きるかが 見直されている時期です。
だから、若い人達の間でも、仏教 や 神道 といった、
いわゆる、東洋的な思想に興味を持つ方が 増えて来ています。
あとですね、神社や お寺 というのが好きな人も、増えましたよね。

そこで 今日は、五木さんに 『親鸞』 を入口に、
なぜ、仏教に興味を持ったのか。
仏教が、いまの日本人に教えてくれるものは 何か を、お伺いします。

“仏教の教えって何ですか?”

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒にお付き合いください」



(曲)
BUDDHIST MONKS 『MY SPIRIT FLIES TO YOU』
Sakya Tashi Ling


岡田くん
  「あのー、まさか、五木さんに来ていただけると 思っていなくて。
  あの、ぶしつけな質問ですけども、なぜ この番組に、
  出てもいいよ と、思われたんですか?(笑) 五木さん(笑)」
五木さん
  「いや・・・(笑)」
岡田くん
  「すいません。 急に、あれなんですけど」
五木さん
  「あのー、僕は、本を書くのが 仕事なんですけどね。
  本は 連れ合い とすると、ラジオは 恋人 っていうか、そういう感じでね」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「作家になる前、10年ほど、ラジオ テレビの創成期の頃から、ずうっと、
  ラジオの仕事を して来たんです」
岡田くん
  「はい」
五木さん
  「ですから、それから ものを書くようになっても、ラジオと 縁の切れることなくって、
  自分の 『五木寛之の夜』 ってのは、25年 やりましたし」
岡田くん
  「すごいですね・・・」
五木さん
  「そのあと、いまの、真夜中のね 『深夜便』 を 5年、この間 終わって、
  新しい番組に また。
  ずうっと、続いてるんですよ、ラジオは」
岡田くん
  「だから こう、僕のラジオにも、こう、足を運んで・・・」
五木さん
  「いやいや、いまの新しいラジオ、どうなんだろう。
  つまり、50年経ってね、
  ラジオ っていうメディアが、どんなふうに変わって来たんだろう って、
  ものすごく興味があって、それで 喜び勇んで、今日は やって来たんですけども(笑)」
岡田くん
  「ありがとうございます。
  あのー、五木さんも、昨年 『親鸞』 」
五木さん
  「はい」
岡田くん
  「ていう本を、出版されましたけど、これ あの、 親鸞 については、
  いろんな方が書かれてると思うんですよ。
  それに、敢えて、親鸞 ていうものを書こうとした。
  なぜ いま、親鸞 を書こうと思われたんですか?」
五木さん
  「(笑)そう 正攻法で 言われると・・・」
岡田くん
  「アハハッ! 真っ直ぐ 聞きますよ、僕、今日は」
五木さん
  「いや、あの、いろいろ、たくさん ありましてね。
  一言では、ちょっと、お話し しづらいんだけども。
  いまの時代 っていうのは、肌身で感じる 時代の感覚がですね」
岡田くん
  「はい」
五木さん
  「いわゆる、世も末だ っていう “末世” っていう感覚が、非常に 強いんです」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「それで、かつて、平安時代の終わり頃、紫式部とか 清少納言のね、
  ああいう、たおやか 優雅な 平安時代が、黄昏れて行って、
  鎌倉の方で こう、エネルギーに満ちた 武家政権 てのが成立する。
  そこで、政権交替が あるわけですよね。
  で、世の中は、騒然として、そして、天災が相次ぎ、疫病が流行る、飢餓 流行する、
  そして その当時に、自殺が すごく流行ったんです。
  いまの時代とね、非常に重なるような気がして、その、大変換期に、後年、
  親鸞、日蓮、栄西、道元、とかね、
  まあ、学校の教科書で、若い人も、名前 聞いたことあるだろうけど、
  そういう、大きな思想家が 次々に出てね、世の中に対して、大きな刺激を与えたわけですね。
  いまの時代に そういう・・・なんていうか、
  時代を引っ張って行くような、ジャンヌダルクみたいな人が、出て来ないのが 不思議だな」
岡田くん
  「うーん」
五木さん 
  「昔は、こういう人が いたんだよ っていうことを、何かこう、言いたくってね。
  ですから、大変換期で、人間が、大きな文化のピンチに際したとき、
  心の闇を抱えて、人々が生きている時期、そういう時代に、
  例えば 『悩む力』 っていう、姜尚中さんの本が 話題になりましたよね」
岡田くん
  「うんうん」
五木さん
  「最も、親鸞 ていうのはね、悩みの天才だ っていう感じがしてるんです。
  一番 深く悩み、そして、その 悩みの極限を追求した人物であった。
  悩みの奥に、光を見出した人である。
  それから、数年前に、小林多喜二が 『蟹工船』 ていう (聞き取れず・・・
  あれは、時代の闇 っていうものを反映してる出来ごとだと思うんですよね。
  そのあとに、ドストエフスキー のブームがあって、
  翻訳が、たくさん、若い人にも読まれた ってこと、驚くべきことなんですよね。
  ドストエフスキー というのは、19世紀末のロシアの、社会の闇と 心の闇とね、
  『罪と罰』 っていうものを、ほんとに 徹底的に追求した、最初の作家なんです。
  ですから、小林多喜二、ドストエフスキー と、こう、続いて来ると、
  次は、どういう人間かなあ と思って、世界中 見回してみると、
  やっぱり、親鸞 ていう、この人 以外に いないかなぁ と」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「ただ 『親鸞』 ていう名前が、馴染みにくいんで、字画も多いでしょう?
  それで、本屋さんに並んでるの見て、若い人がね “おぉ、オヤドリかぁ” なんて(笑)
  言ってたから(笑)」
岡田くん
  「アハハハハ!」
五木さん
  「ふりがなを 大きく振ろう(笑)って言って来て、 ふりがなを 振りましたけどね」
岡田くん
  「へぇー。
  その、親鸞を、いま、  
  『親鸞』 も、そうなんですけど、最近の五木さんの作品で、なんだろう、そういう こう、
  救いたいとか・・・」
五木さん
  「うん」
岡田くん
  「世の中のために、自分は 何が出来るか みたいなこと、
  考えて 書かれているんですか?」
五木さん
  「そうでも ないんですよ。 親鸞 ていう人は、人を救おう っていうよりは、
  まず、自分の悩みを 解決しよう。
  自分が、悩みを解決して、ロウソクのような光。 なんていうか、そういうところに行けば、
  世の中が 照らせるじゃないか、っていう。
  人を 照らす、っていうよりは、自分が燃えよう という、そういう感覚の人だと思いますね。
  ですから、私は この前に、蓮如 っていう人の、戯曲を 書いてるんですけども、
蓮如―われ深き淵より (中公文庫)



蓮如―われ深き淵より




  蓮如 の時期は、ポーランドでね、大革命があった時期なんです。
  ソ連軍が撤退して、ワレサ という 自治労組の委員長が、
  カトリックの教会と 手を組んで、ソ連軍を 撃退したわけですね。  
  それで、蓮如 は、中世のワレサである、っていうテーマで(笑)
  それで、蓮如 をやったんですけれど、蓮如が、こう、我々に開いてくれた、
  明るくて大きな 蓮如の道 っていう道を、ずうっと 歩いてると、
  いつのまにか、親鸞 の森という、
  暗くってメロウのような、深い森の 入口まで来てしまった。
  で、そこを 一歩踏み込んで、いま、立ち迷っている というのが、
  僕のね、いまの現状なんです」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「ですから、人を救おうとか、人に あれしようとか っていうんじゃなくって、
  やぁ、こんなに共感できる人がいたのに、そのことを みんなに、
  こんな人が いたんだよ! っていうことだけでも、知ってもらえれば いいかな。
  まあ、簡単に言えばね、“シンラン” ていう、読み方を読んでもらえれば、
  それでいい というぐらいのことなんでね(笑)」
岡田くん
  「あ、そう・・・(笑)
  いやいや、こういう 親鸞 を、僕、読んだことがなかったというか・・・」
五木さん
  「あっ。」
岡田くん
  「その、なかったんです。 親鸞 も、悩むじゃないですか、この本の中で、
  自分が、仏教 って・・・仏教 ってなんだ? みたいな まで行く というか」
五木さん
  「そうです、そうです。」
岡田くん
  「自分が、いままで 考えて来て、比叡山で習って来たもの、全部 捨てて、
  とりあえず、一から なんかこう、始めよう みたいなことも、
  そういう 親鸞 を、見たことがなかったというか。
  五木さんの書き方 って、そういう こう、なんだろう、新しい見方で、
  何を、この本で伝えたいんだろう って、勝手に思ってしまう本だった というか」
五木さん
  「僕自身が、書きながらですね、一体、仏教 って 何だ? って。
  ブッダ っていう人は、一体、何を 人に言おうとしたのか? とかね、  
  いろんなことを、やっぱり 突き詰めて 考えましたね。
  それで、なぜ いま、仏教なんていう思想が、
  ヨーロッパでも アメリカでも、最近は 非常に、注目されてるわけなんですけども。
  ポスト構造主義 の後にですね、なんで 仏教なんてもんが出て来るんだ っていうのは(笑)
  僕も、謎でしたし、いまだに わかんないところが ありますけども、
  一歩一歩ね、みんなが考えている。
  一体 何なんだ? って。 何で お経なんか読むんだ? とかね。
  仏教 ってのは、音楽だ! っていう、一つの答えが 出たんですよ。
  ブッダ っていう人の教えたこと、語ったことは、400~500年の間はですね、
  全部、ポエムの形で、偈(げ)といいますけどね。
  リズムのある、ラップのような 詩 の形で、
  人々に、口から口へ、耳から口へ、っていうふうにして 伝えられて来て、
  ブッダ が死んで、数百年たったあとに、やっと文字化された。
  それが、経典。 お経なんですね。
  ですから、ブッダ の教え っていうのは、何百年もの間はね、彼が死んだ後はね、
  そういう、歌のような形で、みんなが リズムに合わせて 語って行く中で、
  伝えられて来た っていうことを考えると、
  そうか、仏教は 歌なんだ。 音楽なんだ、リズムなんだ って、こういうふうなね(笑)
  感じが とても強くって、そういうことを言った人が、あんまり いないんで」
岡田くん
  「うーん」


(曲)
JOHN MAYER 『BELIEF』
Continuum


岡田くん
  「僕が こう、最近 思ってた、五木さんのイメージが、なんか、嫌かもしれないんですけど、
  もう ほんとに、あの “仙人” つったら おかしいですけど」
五木さん
  「(笑)」
岡田くん
  「アハハハ!」
五木さん
  「仙人ねえ・・・」
岡田くん
  「もう、どこの境地まで行っていて、仏教を、結構 勉強とかされて、どこの境地まで行って、
  どういう こう、業 だったり、いろんなもの背負って、
  いま、何を伝えたいんだろう っていうことは、すごく 思っているんですね」
五木さん
  「はい。 僕自身が、少年時代から、大きな その、まあ、
  きれい事で言うと、心の闇 と言いますかね、そういうものを背負ってて、
  遊んでても、いろんな楽しいことをしても、本当に楽しいと 思ったことがなかったんですよ。
  いつも 心に、なにかこう、引っかかるものがあってね、
  そういうものが、ずうっと 青春期から 中年の時期まで続いてたもんですから、
  やっぱり それは、敗戦のときにですね」
岡田くん
  「はい」
五木さん
  「かつての植民地である 外地にいて、敗戦から 引き揚げ っていうなかで、やっぱり あの、
  人間らしく振舞ってては 生きて行けないような状況の中で、生きて来たんですね。
  人を蹴落としてでも、生き延びないと 生きられない っていう極限状態で。
  その中で、自分は、
  生き延びて 帰って来た人間は、全部 悪人だ、っていうようなね、そういう気持ちがあって」
岡田くん
  「それは、あの 『人間の覚悟』 でしたっけ。 なんの本 でしたっけ・・・」
人間の覚悟 (新潮新書)



人間の覚悟




五木さん
  「ええ。 その中で・・・ ぁ、はい」
岡田くん
  「書かれてますよねえ」
五木さん
  「やあ、そこまで読んでもらってると、ありがたいけど」
岡田くん
  「いやいや、ほんとに。 それ 結構、衝撃的だったんですよ。 その、なんだろう、
  自分達は 全員、こう、もう ダメなんだ、っていうか、その、
  蹴落としてまで 帰って来たから、っていうことで」
五木さん
  「人を犠牲にして、人の犠牲の上に 帰って来た、そういう人間ですから、
  本当に、気持が 晴れ晴れとすることは なかったんですね」
岡田くん
  「うん」
五木さん
  「と 同時に、こんな人間が、大手を振って 世の中を歩いていいのか、って、
  いつも、そういう気が してたもんですから、自分のことは、悪人だと思ってましたよ」
岡田くん
  「悪人・・・その、外部から戻って来たときの経験からですか」
五木さん
  「そうですね。 ソ連兵が押し込んで来て、
  集団で集まってる中で、女を出せ! って 「Mадам давай!」 つって 来られて、
  5人出せ! って言われると、出さなきゃいけないんです。 自動小銃、突き付けられて。
  そうすると、同胞である日本人たちが 寄ってたかって、
  いや、この人は、赤ちゃんがいるからダメだ とか、
  いろいろ言いながら、5人 選ぶわけですよね。
  まあ、その人は 翌朝、ボロ雑巾のようになって帰って来るとか、
  あるいは、帰って来ないとか、
  そういうふうなことを積み重ねて 生き延びて、祖国へ 帰って来たわけじゃないですか。
  そうすると、内地へ帰って来られて バンザーイ なんて言えませんよ、それは。
  どれだけの人を踏みつけにしてね、エゴが強くって、人を押しのけて、
  人を蹴倒してでも 生き残って来た人間だけが、
  生き延びて帰って来たというふうに 考えますとね」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「20代の終わりの頃は、ラジオとか テレビとか CMソングとか、そういう方向で、
  そこそこのですね、僕とか、永六輔とか、野坂昭如さんとかね、
  ほどほどのところまで行ってたんですけども、何かねえ、
  これはね、許されない っていう感じがして、いったん 全部、投げ出して、
  金沢へ 引っ越したんですよね。 で、金沢で いろいろ 縁があって、
  蓮如 とか、親鸞 とか っていう、そういう、
  思想といいますか 信仰というか、考え方に触れて、
  少~しずつ、その、闇は消えないけれども、そこに 射して来る光のような。
  自分のような人間でも、生きる値打ちはあるんだとか、生きる権利は あるんだとか、
  生きていてもいいんだとか、その程度のね、勇気というものを、
  少しずつ こう、出て来るようには なって来ましたね」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「それから後、作家生活に戻って、
  それから 途中で、休筆 っていうのをやったときも、おんなじようにね、
  こんなもの書いてね、グラビアなんかに登場してね、偉そうなことをやって、
  どれだけの人間、踏み台にして生きて来たんだ みたいな、鬱々とした状態から、
  ある種の うつ状態みたいになって、仕事を 3年間、投げ出して やめたんですよね。
  で、京都の大学で、聴講生 っていうか、
  たまたま そこが、仏教系のミッションだったもんですから、いろいろと、
  親鸞 とか、そういうことを勉強することも出来て、
  だいたい この方向へ行くのかなぁ というようなかんじで、
  また、東京のジャーナリズムへ、おめおめと戻って来たんですけどね(笑)」
岡田くん
  「うーん。 そのときの あの、2回、その、なんだろう、
  お仕事をやめてて、自分の中で こう、
  仏教と出会ったことで、こう・・・なに で変わった っていうことって ありますか?」
五木さん
  「そうですね、あの・・・いまの世の中では。
  “海山に稼ぐもの” って言葉が あるんですけども」
岡田くん
  「海山に稼ぐもの」
五木さん
  「えーとね、こういう歌があるんですよ。
  『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』 といって、その当時の 流行歌。
  巷に大流行した、今様(いまよう) っていう流行歌の中にね、
  “儚きこの世を過ぎさむと”  儚い この世を、生きて行こうとして。
  “海山稼ぐとせし程に”  海山で稼いで、やって来た程に。
  “万の仏に疎まれて、後生この身を如何にせん”
  ていう、有名な歌があるんです。
  海山稼ぐ っていうのは、海で 魚を獲ったり 網を引いたりする、殺生するもの。
  山で 獣を追ったり、ウサギを獲ったり、鳥を獲ったり、殺したりするもの。
  そういう、殺生するもの。 それから、商いを するもの。
  それから、全ての そういう生き方の中でね、その当時の世間から、蔑視されていた、
  死ねば 必ず、地獄へ行くぞ って言われたような人々。
  その人達が、悲しみを詠った歌なんですね。
  そういう仕事をやって、そういう職業に就いているために、
  全ての仏に疎まれて、嫌われて、向こうを向かれて、
  お前なんか 救ってやらない、って言われたところへ、
  法然、親鸞 とう人が出て行ってね、
  そういう人達のために、私達は語ってるんだ! って、こういうことを言い出したわけですよ。
  それが “悪人正機” と言われる有名な説でね、
  善人は 当たり前だろう、って。 悪人こそ、
  つまり、救急病院に 風邪で来てる人がいて、診察を受けてるときに、
  大きな事故で、生死に かかわるような患者が運び込まれて来たら、
  どっちを先に、医者は 診るか って。
  風邪をひいてる人は ちょっと待てよ っつって、ちょと待ってもらって、
  命を救うことが 先だろうと。
  大きな悪を抱えてね、そのことを心に、傷を負ってる人間こそ、まず最初に 救うのが、
  自分達の考えている、仏の道だ」
岡田くん
  「うん」
五木さん
  「仏教 ってのは、明治以後の言葉ですから、昔は 仏教 って言葉、なかったんです。
  ですから そういう、仏の道 とか、仏道 とか、仏法 とか 言ってたわけですけどね。
  要するに、親鸞 とか、法然 が、語りかけようとしたのは、
  そういう、極悪人獣の我等 っていう、その 極悪人獣の我等 っていう言葉は、
  ほんとに、ナイフが刺さるように、心に刺さりましたね。
  ああ、自分のことだ! っていうふうにね。
  しかし、そういう人間こそが、一番 光が必要なわけで、
  その人間に、光を与えたくって、ブッダ という人は、世の中に出て来たんだ と言われると、
  いやあ、そうなのか・・・
  自分にも、この世の中に、まあ、大手を振っては行きませんけども、
  大手を振らないけれども、なんとか こう、わき道を生きて行く、あれは あるのかな、  
  っていうふうに、思ってるとこなんですよ」


(曲)
PETER GABRIEL 『BLOOD OF EDEN(RADIO EDIT)』
Us


岡田くん
  「いまの、五木さんの、こう、作品で、こう、なんだろう、
  救われたりとか、いろんなことを、こう、されてる っていう方、
  すごく いっぱい いると思うんですよ」
五木さん
  「いやあ、どうですかねえ(笑)」
岡田くん
  「いやいや(笑)いると思うんですけど、
  それは やっぱり、そういう、なんだろう こう・・・
  感じで書かれてるわけでは ないんですか。
  そういう気持ちを込めて というか」
五木さん
  「そういう、他人に対してのあれは ありませんね。
  少なくとも、自分を勇気づけるような、そいうものを書こうと思ってますから。
  それに、作家 っていうのは、僕は、シャーマンだと思ってますから、
  恐山のイタコみたいなもんでね、
  こういうものを書こう、こういうふうに やって行こう っていうんじゃなくって、
  声が聞こえる っていうか、なんか そういう・・・」
岡田くん
  「書かなきゃ、っていう・・・」
五木さん
  「どっからか聞こえる声がね、背中を押してね、お前 これを書け! って言われて、
  それで、100人の読者がいたら、100人の物語があると思うんですよ。
  100万人の読者がいれば、100万人のね 物語があって、
  それを、代理人として ペンを動かしてる。
  そういう、シャーマンだ って、気がしてるんです。
  ですから、この本は お前が書いた、って、まあ そうだけども、
  僕は、書いただけなのであって、書かせたのは キミたちだよ っていう感じがあるから」
岡田くん
  「へぇー」
五木さん
  「良かった って言われれば、ああ アンタたち、良かったね って言うし、
  あんまり 面白くなかった と言われれば、キミたちが悪いんだよ って(笑)
  こういう考え方ですよね」
岡田くん
  「あ、そうなんですね」
五木さん
  「音楽だって、メロディーは 人の心の中にある。
  誰かが、それを こう、感じてね、楽譜に写しただけだ っていう考え方ですから、
  オレのものとは 思ってない」
岡田くん
  「あー・・・」
五木さん
  「 “他力” っていうのは、そういう考え方ですね」
岡田くん
  「他力・・・他力本願」
五木さん
  「他力の思想、っていうのはね」
岡田くん
  「うーん」




五木さん
  「いい仕事が出来たとき、天狗に、ぜったい なれないですよね。
  その代り、失敗したときも、すごい がっかりしないんだ。
  いやぁ、他力の風が吹かなかったんだから、オレは 精一杯やったんだよ、
  こういうふうに、居直ってられるから(笑)
  今度の小説、面白かった って言われると、
  そうだね、キミなんか、面白い想像力を いっぱい持ってるから、
  そういう話が 飛んで来るんだよ、っていうぐらいのことでね」
岡田くん
  「それは、あの、70年代とかも そうでしたか」
五木さん
  「いや、50~60年代の頃は、自分で やってる っていう気が、強かったですね。
  オレは いい仕事した、とかいう」
岡田くん
  「あー 『青春の門』 とか、書かれてたとき」
五木さん
  「ええ、そういう頃は まだね、そういう気持ちがありましたね。
  少しずつ 少しずつ、そういう、変わって来た っていうのは」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「世の中 ってのは、自分の努力とか、それから 決心とか、
  それから、いろんな戦略で 動くものじゃない ってう、
  人間の縁とか、いろんなもんが重なって、やっと そういうものが生まれるんだってこと、
  少しずつ 気づくようになって来て、いまは もう、ほんとに、
  ありがたい、っていうようなね(笑) もう、仙人の(笑)」
岡田くん
  「(笑)仙人ですよね。
  その境地 っていうのは やっぱり、すごく いろんなことを たぶん、問い掛けられたりとか」
五木さん
  「はい」
岡田くん
  「自分の中で、戦って来られたんだと 思うんですけども」
五木さん
  「ええ、そうですね」
岡田くん
  「一番、自分の中で、強く 戦って来られた 言葉 って、なんですか?」
五木さん
  「自分の中で、強く 戦って来た 言葉 ねえ。 うーん・・・戦って来た 言葉・・・
  そうですねえ。 あの、僕の本の中で、一番 長く続いて生まれてる っていうのは、
  『風に吹かれて』 っていう、エッセイ集 なんですけども。
風に吹かれて



風に吹かれて




  風を起こして でもなくって、風に逆らって でもなくって、風に吹かれて なんですね。
  受け身なんです」
岡田くん
  「受け身 ですよね」
五木さん
  「いま、エッセイで 『流されゆく日々』 っていうの、36年も やってますけども、これも、
  流れゆく日々 でもなく、流されゆく日々 なんです。
  ですから、ローリングストーンズ だと思ってるわけですよね。 転がって行く」
岡田くん
  「はいはい」
五木さん
  「高橋和巳 っていう人は 『我が心は石にあらず』 っていうふうに言いましたけども、
  いや、オレは 石だ っていうね。 転がって行く、石なんだ。
  転がって行く 風 があり、転がって行く 坂 があり、転がって行く 時代 がある。
  この時代の中で、いま、お前は これを書け っていう、そういう中で 書いて来ましたから、
  やっぱり、自力 っていうものに対しての限界ですね。 戦って来たものが、あるとすれば。
  オレが やった! っていう気持ち。 アメリカでは、セルフヘルプ って言うでしょ?」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「だから 『他力』 っていう本を ニューヨークで出したときは、
  ほとんど 編集者は、全部 反対だったですね(笑)
  そんな、ダメだよ、って。 癌になろうと 何しようと、最後まで戦ってね、
  医学を信じて、最後の最後まで戦って 死ぬことこそ、人間的な尊さ なんだ。
  他力 なんて、そんなこと言ってたんじゃ ダメなんだ、って、
  みんなが反対したんですけどね」
Tariki: Embracing Despair, Discovering Peace



Tariki: Embracing Despair, Discovering Peace





岡田くん
  「海外でも、結構 売れましたよね 『他力』 」
五木さん
  「いや、あんまり 売れなかったですけども(笑)」
岡田くん
  「そうですかね。 売れた ってイメージがあるけど」
五木さん
  「いわゆる、2001年の、ブック・オブ・ザ・イヤー っていうやつの」
岡田くん
  「はいはい。」
五木さん
  「スピリチュアル部門 に、ノミネートされては いましたけど。」
岡田くん
  「いましたね」
五木さん
  「でも、大体 アメリカ人は、セルフヘルプの人達だから、『他力』 だけはね。
  最近になって やっとね、リーマンショック以来、
  ちょっと その方向、人々の心が 向いて来てるようで、ちょっと面白いですね」
岡田くん
  「うーん・・・時期とかも、あるんですかね。 自力 が必要な時期も・・・」
五木さん
  「あると思います」
岡田くん
  「あるだろうし・・・」
五木さん
  「開拓期のアメリカ ってのは、やっぱり セルフヘルプだったと思いますね。
  だけど、大きな こういう グローバリゼーション の中では、
  やっぱり お互いの、この国とか、いろんな。
  アイスランドで 何かあると、みんなが 大変なわけですから、そのこと考えるとね、
  “縁” ていうことは。
  仏教 ってのは、抹香臭い 感じがするでしょ?
  でも、仏教 っていうのはね、物事は 変化する。それから、物事は 縁 によって生まれる。
  もう、この二つですよ。
  そうすると、日本国だってさ、変化する。 出版界だって、変化する。
  ラジオ局だって、変化する。
  全ては そういう、変化して行く。
  そして、それはまた 新しいものが生まれるときは、
  いろんな 縁 によって生まれる、っていうね、
  こういう考え方だと思うと、あんまり 抹香臭い 感じはしないんですけども」
岡田くん
  「うーん。
  じゃあ、ちょっと、他力 とか 違うかもんないんですけど、
  “使命” っていうことでは どうですか。 あんまり、考えてないですか」
五木さん
  「僕は、使命感は 無いですねえ(笑)」
岡田くん
  「(笑)そうなん・・・」
五木さん
  「全然、もう」
岡田くん
  「いや、それが! 僕、すいません、すっごい 意外だったんですよ」
五木さん
  「あー」
岡田くん
  「あの、やっぱり、70年代とかの その、五木さんて、結構 まあ、そんな、
  今な感じでは ないじゃないですか」
五木さん
  「ええ」
岡田くん
  「もっと こう、自力 って言ったら 変ですけど」
五木さん
  「それは もう、時代そのものがね、狂気と なんとかの時代 っていう」
岡田くん
  「もう、まあ、学園紛争 とかも、あっただろうし」
五木さん
  「そうです、そうです」
岡田くん
  「もっと、イケイケ な感じが あるかんじ だったのが、こう、ま、最近、
  『大河の一滴』 も、そうかもしんないですけど、
  何かを残す、っていうか、今の時代に 憂いでいて、自分の こう、
  いろんなことが あらわれた、何かを 伝えたいんだ とか」
五木さん
  「あのねえ、マイナー なところで、仕事したいんですよ。」
岡田くん
  「あっ、そうなんだ・・・」
五木さん
  「僕が言うと 変でしょ? 僕は、メジャーに見えるでしょ?」
岡田くん
  「(笑)」
五木さん
  「僕は、マイナー なところで、仕事がしたいんですよ」
岡田くん
  「めっちゃ、メジャー ですけどねえ」
五木さん
  「だから 例えば、新聞の連載をやるっていうときに、
  メジャーなところを 選ばなかったんです。
  北海道から 沖縄まで、小さな 地方の新聞社を、全部 集めて、27社、
  それで、1240万部 っていう 発行部数になるんです。
  そして、地方の書店を 大事にして、
  そして、いま 大きな書店が、主要、配本の あれになって、
  地方の書店には、なかなか 本が行かない っていうんですけども、
  今度の 『親鸞』 に関しては、地方の 小さな新聞社で連載をして、
  そして、本の配本のパターンも、これまでのように 大きな書店に置く というよりは、
  草の根のね、潰れかかったような書店にも、たくさん、とにかく 届くように。
  大変なことなんですよ、これが、やってみると。 ですから、ずうっと そういう形で、私は、
  さっき その、何でラジオに? と おっしゃったけどね、
  僕は いま、ラジオに、すごい 肩入れしてるわけですよね。
  ラジオ がんばれ、っていう、そういう感じでね。
  それから、歌謡曲とか 流行歌 っていうのもね、
  もう、ほんとに その、黄昏 ってのが 始まった時から、
  流行歌は ダメになるんだよ、だから、ダメになるから がんばれ っていう形でね(笑)
  最期を見送る っていう感じで、僕は、歌謡曲 肩入れして来たんですよね」
岡田くん
  「あー」
五木さん
  「ジャズが好きだったけども、
  その当時、モダンジャズが 大流行していたんです。
  僕は 敢えて、デキシーランド へ入れ込んじゃってね。 もう、ラグタイムとかね。
  そういうことばっかり、やって来てたんです。
  いつも、時代のメジャーにいるように、あなた達から見ると、見えるかもしれないけど(笑)
  実はね、逆のところに いるんですよ」
岡田くん
  「そうなんですねえ。 いや、だから 僕 こう、勝手に、
  『親鸞』 読んでたときに、
  どれが、五木さんを映した役なんだろう って、考えちゃったわけです」
五木さん
  「おー、それは・・・」
岡田くん
  「そんなことは ないわけですか?」
五木さん
  「いや、ありますね」
岡田くん
  「どれが・・・いや、親鸞 なのか、
  それとも、親鸞 の先生の、ほうとう(放浪?)してて、でも、
  いま 日本に伝えなきゃいけない、変えなきゃいけない と思って、放浪を やめて・・・」
五木さん
  「あるいは、河原者のリーダーの、ツブテの弥七(笑) あれかもしれない・・・」
岡田くん
  「ツブテの弥七(笑)そっちなんだ、ねえ」
五木さん
  「親鸞 という人は、いま、浄土真宗の開祖 といわれています。
  親鸞 とか、蓮如 とかが、一番 熱心に、教宣を広げて行ったのは、
  社会の最低の 下層なんです。 だから、その当時の 偉い人達や、
  “南都北嶺” っていいますけどね、
  奈良の仏教とか 比叡山の仏教とかっていうのは、高級な、メジャーな仏教であって、
  この、法然 とか、親鸞 とか っていうのは、一部の反抗分子ですよ、いわば。
  その人達が、地底のようなところからね、大きな声を上げて、
  そして、河原者 って呼ばれてた人達が、一斉に立ち上がったのが、
  この “念仏運動” なんです。
  ですから、そういうふうに 読んでいただければね、
  また、違った面も、見えて来るかも っていう」
岡田くん
  「うーん」


(曲)
BOB DYLAN 『BLOWIN' IN THE WIND』
The Freewheelin' Bob Dylan


岡田くん
  「あの、日本の若者達に、例えば こう、
  仏教を 学んだ方がいいよ、とかっていう思いは あるんですか」
五木さん
  「ないですねえ」
岡田くん
  「あっ・・・」
五木さん
  「仏教は、学んでも しょうがないですねえ」
岡田くん
  「意外ですね(笑)あの・・・」
五木さん
  「仏教 ってのは、感じるものだから」
岡田くん
  「学べ、っていう かんじかと思って・・・」
五木さん
  「いや、仏教は、感じるものですから」
岡田くん
  「あっ、感じるもの・・・」
五木さん
  「 『親鸞讃歌』 っていう歌があるんですけど、金子大栄 っていう人が 作った歌でね。
  “ 聖教(しょうぎょう)を読みて 文字を見ず ただ その 声のびびきをきく ”
  聖なる その ものを読んでね、文字を見ず、ただ、その 声の響きを聴く。
  だから、例えば 仏教とかね、そういうことを考えるんだったら、
  その、声を聴く っていうか、それこそ、それが 一番 大事なことで、
  文字を読むことなんか、どうだっていいんです、はっきり言えばね」
岡田くん
  「うん」
五木さん
  「だから 僕は、正直 言って、この 親鸞 は、出版して 活字で読んでもらうよりも、
  昔のね、吉川英治の 『宮本武蔵』 っていうの、僕は、ラジオで聴いたんです。
  徳川夢声が、名調子で読んでくれて。
  だから、これは、誰かがね、朗読してくれてね、
  みんなが 耳から聴く っていうのが、理想ですね」
岡田くん
  「あー」
五木さん
  「だから、この文体 っていうのは、口の中で、何遍も何遍も 読み返してみて、
  やっぱり、言葉の響きの いいものを選んで、書いてますから、
  字面だけで見られたら、あんまり いい文章じゃないかもしれないけども、
  声に出して読むと、これは 名文ですよ。
  (笑)自分で言うのも おかしいけど」
岡田くん
  「ぜひね、それ、作った方が いいですよね。 声に出して・・・」
五木さん
  「僕がね、九州弁でなけりゃ やるんですけど(笑)」
岡田くん
  「五木さんが、こう、まだ 探してるもの って、あるんですか?」
五木さん
  「やあ、いまね、新しい こう。
  出版技術 っていうのは、グーテンベルグ以来、何百年となく、
  カルチャーを支配して来たわけですよね。
  いま それが、平安時代の 黄昏みたいに、出版文化 っていうのが いまね、
  ものすごい勢いで、崩壊しようとしているんですよ。
  新しい、それに続くカルチャー っていうか、コミュニケーション っていうか、
  これが何だろう っていうのは、
  果たして それが、IT なのか、何なのか、よく わかりませんけども、
  僕は、文字と出版と この世界 っていうのは、すでに 一つのね、薄明期を迎えて、
  ゆっくりと黄昏れて行きつつある。 ところが 劇的に、
  この数年のうちに、それが進むのではないか っていうふうに思ってますね。
  それは、危機感じゃなくって、情勢分析ですけども、興味があるんです」
岡田くん
  「電子出版とか されてますけども、どう思いますか?」
五木さん
  「そうですね。 電子出版も 考えてますけどね。
  それも 考えてますけども、そんな簡単なことではなくって、もっと やっぱり、大きな、
  メディア っていうか。
  例えば、リーマンショックのことを、グリーンスパンは 百年に一度とか 言ったでしょ。
  そんなもんじゃないんですよ。
  五百年に一度とか、ルネッサンス以来の大変革 っていうのが、目前に、実は 迫っていると。
  僕は、ちょっと長生きしたいんですけど、それを見たい。
  その状況を、見たいんですよね」
岡田くん
  「うーん。 文字や声の力を、信じられてる・・・」
五木さん
  「そうです。 文字の力よりもね、音の力。 声の力」
岡田くん
  「音の力・・・」
五木さん
  「うん。 それと やっぱり、新しい マスですね」
岡田くん
  「マス・・・」
五木さん
  「大衆化現状なんて、よく言われてましたけど、大衆化現象と 言われるのは、結局、
  メディアが 大衆をリードしてね、引っ張ってね、いろいろ操作して来ただけの話なんですよ。
  これから先、いろんな形で、まあ、クラウド社会 なんて、言われてますけども、
  そういう時代になって来るとね、一人一人のマスが、ものすごい勢いで、
  自分自身で、発信して来るように なって行くんです。 すると、逆にね、
  引っ張って 操作することの出来ない マスの力 っていうのが、新しく生まれて来る。
  本当の意味での 大衆社会 ってのは、これから出て来るんです。
  いままではね、大衆社会 ってのは、ウソの大衆社会なんです。
  支配する大衆社会なんです。 垂直に。
  これからは、そうでなくってね、本当の、メディアの下剋上 っていうのが始まって、
  声なき人達が、みんな 声を上げるように なって行くと思いますね」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「だって、ラジオ局だってさ、アメリカのラジオ局と 日本のラジオ局と、
  数を比べてごらんなさい。 全然 違うでしょ? やっぱり、数 少ないよね、日本はね。
  ですから、昔 僕は、海賊放送 やろうと思って、いろいろ あの(笑)
  船の上で 送信機を用意したり、いろんなこと やったことがありましたけどね。
  出来なかったから、 『四月の海賊たち 』 っていう小説 書いて、元を取りましたけど」
岡田くん
  「(笑)そう・・・ じゃ、いまの若者というか、
  若者じゃなくても いいんですけど、こう、生きている人達に、あの・・・
  一番 伝えたいことって、何ですか?」
五木さん
  「井上ひさしさんが、亡くなったでしょ」
岡田くん
  「はい」
五木さん
  「僕は、非常に、いろんな意味で、相通じるところがあって、仲が良かったんですけども、
  彼が言ってたことはね “大事なことを 優しく” ってね。
  で、“優しいことを 面白く”  “面白いことを 真面目に” って。
  これは、なかなか いい、井上さん流のことなんですけど、
  僕は  “人生にとって大事なことは 優しく”  これは、一緒なんですね。
  “優しいことを 深く”  “深いことを 広く” っていう、これが自分の モットーなんです。
  ですから、できるだけね、今の人達 っていうのは、
  世の中が 変わって行くんだ、自分も一緒に 変わるんだ、
  変わって行く中に 可能性があるんだ っていう。
  それから、心の中に、鬱屈した闇を抱えていても、必ず、闇 っていうものは、
  どっかに射して来る 光があるんだ、っていうことをね、
  やっぱり 信じて、生きて行く必要があると思いますね。
  そして、プラス思考、マイナス思考 なんていう、固定的な観念に とらわれずに、
  もう、悲しむ時は 徹底的に悲しむし、嘆きたいときは 徹底的に嘆くし、
  涙を流して泣くとか、センチメンタルになるとか、
  こういう、マイナス思考 っていうものの持ってる 強さ っていうもの。
  “慈悲” っていう言葉がありますね。 “仏教は、知恵と慈悲の 教えである” 」
岡田くん
  「はい」
五木さん
  「 “慈” は “慈” で、プラス思考 なんですよ。 “悲” は、マイナス思考 なんですよ。
  ちゃんと 悲しまなきゃいけない っていう、堂々と 泣かなきゃいけない っていうね。
  悲しい 悲しい、と思う ってことも、どれほど 大事か っていうことを、
  若い人達は、自分の弱さを 表に出すことを、やっぱり 避けてるよね」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「そんなことはないと 思いますよ。
  大事なことは、慈 も 慈 だけど、悲 も 悲。
  サンスクリットの言葉で “マイトリー”
  それから、悲 は “カルナ” って言いますね。
  マイトリー・アンド・カルナ なんです。 慈 アンド 悲 なんだけど、
  中国人は 造語の天才ですから “慈悲” というふうに まとめちゃったわけだけども、
  “慈” だけが、戦後50年 60年ね、語られて来て “悲” の大事さ っていうのはね。
  “悲” というのは、共感する感覚、それから 悼む感覚、悲しむ感覚 っていう。
  あとは、やっぱり “死” というものが、非常に大きなテーマとして、目前に出て来てますね、
  死 という問題がね。
  それを、真剣に考える ってことは、取りも直さず、生きることを考えることだと。
  生きる側から 死 に対して、執着 ていうようなもんじゃなくって、
  死 の側から、生きる方へ アプローチして行く っていうことを、僕は ちょっと、
  提案したいと思ってるんです」
岡田くん
  「うーん」
五木さん
  「いまね」


(曲)
THOM. 『PRINCIPLE OF JOY』
アイストーリー



(対談が終わって、岡田くんの感想)

「さあ、ということで、五木寛之さんと お話をさせていただきました。
うーん、ねえ、やっぱり 時間が足りないですね。
もっと、話したかったですねえ、こう、長い時間。
あの、帰り際に、
『なんか、どっかで、また やろうね』 って、言ってくれたのが、すごく嬉しかったですけど。

いや、今日、いっぱい いい言葉 いただいて、なんだろうなあ、なんか、
『全然、使命もなく やってるよ』 って、言ってますけど、
『シャーマンみたいに、書かされてんだ』 って、おっしゃってましたけど、
絶対、あるはずなんですよ(笑) わかんないですけどね。
ちゃんと、本人の お口から お聞きしたわけじゃないんで、わかんないんですけど。

まあ、一番 びっくりしたのは、五木さんが、
『仏教を、学ばなくていいよ』 つって、『感じろ』 っつってた、
『学ばなくていいよ、文字なんて』 つって言ってたのが、やっぱ こう、
面白いなあ と思ってたし。
やっぱ、五木さんの作品 読んでると、ちょっと わかるとは思うんですけど、
やっぱ、感じたりとか、なんか、うーん・・・
その、物事の捉え方だったり、いろんなものの こう、セオリー とかじゃない 捉え方とか。
いろんな捉え方が あるんだよ っていうことを、おっしゃってる感じも すごくするので。

うーん、でも まあ、やっぱり、言葉 悪いですけど、
ああいう オヤジ に、なりてえな って、思いますよね。
面白い オッサン つったら変ですけど、ちょっと、怒られるかもしんないですけどね。
やっぱり、なんかこう、あのぐらいの年になったときに、
僕らの世代だったり、もっと若い人達に、なんかこう、与えてあげられるような、
ああいう カッコいい おじさん になりたいな って、すごく思いますよね」


(曲)
STING 『FRAGILE』
Nothing Like the Sun



(五木さんからの コメント)

「岡田さんは、いまの時代の中で、やっぱり、
一番 新しいタイプの青年じゃないか って気がするんです。
新しいタイプの青年 ていうのは、茶化さない っていう、
簡単に 茶化さない っていうね。
やっぱり、物事を、どんどん 正面から受け止めて、そして、正論でもって責めて来る っていう、
そういう生き方が、これから先は 大事なんじゃないか って 気がします。
いわゆる、野球でいうと 直球のね、あの 凄さ っていうものを、
もうちょっとね、大事にしなきゃ いけないな っていう気が、今日は、すごくしましたね。
僕も、直球勝負だから、こっちも 力いっぱい 振りましたけども。
面白かった。
良かったですよ!」

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