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2010/01/10 on air 「今の時代、日本を考えるにはどうしたらいいですか?」          (guest) 松岡正剛さん


連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力 (連塾方法日本 2)


連塾 方法日本II 侘び・数寄・余白
アートにひそむ負の想像力


松岡 正剛




     オープニング前半部分(冒頭 数分間)の書き起こしは できませんでした。
     ご了承ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


岡田くん(オープニング後半)
「松岡さんは、編集者としての活動の中で、
古代から 現代まで続く “情報” そのものの歩みを 年表化するなど、
情報文化に関する考察を深めて行くと同時に、
日本各地を歩き回り、日本文化に潜む魅力と その可能性についても、思索を深めて来ました。

こうして到達した 編集術 “編集工学” という 独自の発想で、
日本を考え、多くの人を育てている 松岡さんに、今日は、
“今の時代、日本を考えるには どうしたらいいですか” をテーマに、お話を お聞きします。

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒にお付き合いください。」



(曲)
LSK 『ROOTS(THE FRUIT OF MANY)』
LSK


岡田くん
  「今日は ありがとうございます、来ていただきまして。」
松岡さん
  「はい。」
岡田くん
  「もう、あの、2年間ぐらい、お待ちしてました。」
松岡さん
  「すみません(笑)」
岡田くん
  「アハハハハ!
  いい声ですよねー、やっぱり。」
松岡さん 
  「いや、声って、あんまり 関係ないのに。」
岡田くん
  「(笑)関係ないですけど。
  現在の活動を、とりあえず、教えてもらってよろしいですか?」
松岡さん
  「はい、はい。」
岡田くん  
  「2003年から、日本文化の方法を 伝承することを目的とした特別塾、
  『連塾』 っていうのを お始めになりましたけど、これは どういう塾なんですか?」
松岡さん
  「えーとですねぇ、私は、京都の呉服屋の生まれなんですね。
  それで、母も 老舗の呉服屋の娘で、
  四季が いつもあって、
  で、うちも 紅殻格子で 跳ね床几が降りて、ちょっと庭があって という、
  いわゆる 町家だったんですが、
  そうすると 例えば、母が、
  『お客さんに こういう お菓子 出して』 って言って、持って行くと、
  毎月 毎月 ちょっとずつ お菓子も変わるし、茶請けも違うし、
  お茶の、例えば “青柳” とかっていうのを覚えてますけども、お茶の名前も違う。
  よく見ると、母の帯も 簪も、全部 違っていて、で、仏壇の花も 違うし、
  床の間の掛け軸も違う というような、日本的な日々を送ってたんですよ。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「だけど、あるときに、ま、大学が フランス文学を選んじゃったんですけども、
  ヨーロッパの “ダダ” とか “シュール” とか “未来派” とか、
  そういう、非常に こう、前衛的なものに憧れていたり、
  多少 アナーキーなものとか、マルクス的なものとか、革命的なものにも憧れて、
  まあ、簡単に言うと、ヨーロッパ的に 行っちゃったんですね。」
岡田くん
  「うんうん。 違う方向に 行きましたね。」
松岡さん
  「そうですね。 ところが、何を 詰めていっても、どうも わかんないところが あったり、
  完全に、一緒に 思考できなかったりして、
  やっぱり これは、日本 ということを考えないと、駄目ではないか。
  戻らないと 駄目ではないか、というふうに思っていって、
  で、次第に、日本を見るようになったり、考えるようになったり、
  本を読むようになったんですね。 ところがですね、
  ま、いま、グローバル資本主義の大問題が起こって、(聞き取れず
  この30年間、経済大国と言い出したり、
  宮澤内閣のときには、よせばいいのに、生活大国と言ったり、
  大国意識を 持とうとしたり、経済主導で来ましたよね。
  で、多少、私が 何かを書いたりしても、日本のことが ほとんど伝わらないんですよね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「あるときに、磯崎新という建築家と 三宅一生さんと 私とで、
  ま これは、雑談しているうちに、
  こういうような日本では まずいんじゃないか、みたいな 話をして、
  それには、何かを伝えた方がいい と。
  ただ、3人が 3人なりに、1年ぐらい 仕事をやめて、
  仕事しながらっていうのは もう、無理なんではないかということで、やめて、
  日本というものを考えるために、我々が 努力をするというようなことをしましょう、
  と言ったら、あぁ いいね、いいね、ということになったんですが、
  ま、一週間後、みんな忙しくてね(笑)」
岡田くん
  「結局・・・」
松岡さん
  「結局。」
岡田くん
  「はい。」
松岡さん
  「また 10年経って、それからですね、
  これはまあ それでも、一人でも やろうかなぁと思い始めてるときに、
  外資系の社長さん達が、これは、シスコシステムズ とか、オラクル とか、
  ヒューレット・パッカード とかですね、まあ あの、世代が 若くなって来たんですよ。
  かつての外資系の、IBM の社長さんとかじゃなくてですね。
  40代後半とかぐらいの人が 増えて来て、
  で、彼等はですね、もちろん 外資系だから、
  アメリカの資本主義と一緒に やってるんだけども、矛盾を感じながらやってる と。
  その人達が あるときに、僕を呼んでですね、
  実は松岡さんに 日本の話を聴きたい、と言い出したんです。」
岡田くん
  「うん うん。」
松岡さん
  「で、どうしてかなぁと思ったら、
  恥ずかしい と。 日本のことが わからないのは。
  例えば、北山文化と東山文化が、なんか 全然 区別つかないとかね。
  光悦とか 光琳 とか 言うけれども、パッと こう、見えないとか。」
岡田くん
  「うん。」
松岡さん
  「いや、そんなのは 僕じゃなくたって、十分ね、適当に、見ればわかるんじゃないですか、
  って言うと、
  いや、それを見ても、メタ というか、奥で 何かがこう、動かないから、
  単なる知識で、また 消えちゃうんだ と。
  そういう話を聴きたいと、かなり強く言われるので、じゃあ、わかりました ということで。
  そのときに、この番組にも 前に出られた、金子郁容も 同席をしていてですね、
  金子くんも 間に立って、
  じゃあ、3~4人で 松岡さんの話 聴くっていうのも、贅沢すぎるから(笑)
  何人か、いっぱい 呼びましょう ということで、やり始めたのが 『連塾』 という塾で。
  その 『連塾』 を始めるにあたって、僕は、サブジェクトを与えるんじゃなくって “方法”
  日本というのは、方法の国だと、僕は思ってるんですよ。」
岡田くん
  「ほぉー。 方法の国」
松岡さん
  「うん。 スキルとか、テクニックとか、テイストとか、好みとか。 好みっていうのは、
  カレーも こういうの好きだし、ファッションも こういうの好きだとかっていう、
  ジャンルじゃないですよね。
  その人のテイストによって、何かこう、方法ってのは 生まれて行くわけですよね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「だから、日本ていうのは、古代からずうっと、
  まぁ、私の考えは ですよ、
  方法を 大事にして来たので、その、方法の話をするんだったら するということで、
  始めたのが 『連塾』 ですね。」
岡田くん
  「うーん。 なんで “連” ていう言葉を、使ったんですか?」
松岡さん
  「 “連” は ですね、江戸時代に “連” という、
  ネットワークというか サロンといいますかね。
  大体、多くて 30人ぐらいが集まって、
  朝顔の連 を作るとか、それから、和算のね。 和算 て、日本的な数学のね、算数。
  あの、和算の連 を作るとか、狂歌の連 を作るとか、
  それから、富士山だけを もう、徹底的にマークする 連 を作るとか、要するに そういう、
  好みで集まったクラブ。 サロンのことなんです。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「それって こう・・・いまの なんていうか、組織とか、ブログとか、
  そういうものとは、ちょっと違って 面白いので、つけたんですね。 “連なる” 」
岡田くん
  「うーん。 いま、その “連” には、例えば、凄そうな方が 参加してそうですけど。」
松岡さん
  「(笑)」
岡田くん
  「どういう方が、参加しているんですか?」
松岡さん
  「そうですね、あの、今日は 持って来なかったんですけども、
  “連” の最初の本を、3冊 作る予定で、いま、1冊目が出来たんですけどね。
  その頃から、吉右衛門さん とか 森進一 とか、そういうような人達も いますし、
  学者さん達もいるし、もちろん 主婦も、ミュージシャン達も、
  谷村新司 みたいな人達も来たり、もう、いろいろですね。 いろいろです。
  それが、5時間から6時間、フルにやるんですけども、休憩は取りますけれども、
  全員、ずーっと 帰らないで、来てますね。」


(曲)
TEARS FOR FEARS 『EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD』   
Songs from the Big Chair


岡田くん  
  「なんか あの、僕、よく 友達と、
  松岡さん世代の、こう、方達が書いてる文章とか、例えば 歌詞でもいいですけど、詩とか、
  こう、なんなんでしょうね、やっぱり、
  いまの僕らとは、全然 違うんですよ、 って、感じるんですよ。」
松岡さん
  「松本隆とか、そんな、詩のかんじとか?」
岡田くん
  「うん、でも そうですけど、なんかこう・・・なんだろう、
  よく、この人達 修羅だね とか(笑)鬼だ! とかっていう言葉を、僕ら 使うんですよ。
  何が違うんだ、っていうのを すごく、自分達に悲観するというか、
  なんで こういう感覚とか、この、覚悟とか、えーと 深さみたいなかんじ、
  自分達は持てないんだ って、すごく話すんですけど、
  その答えが、見つからないんですよ。
  それは、経験して来たものなのか、でも、時代の変わりで・・・なんだろうな、
  僕とか、よく 友達、一緒にツルんでる人達は、自分達の、その、軽さとか、
  でも、同じ年代とか、僕より ちょと上ぐらいに 書いてた、
  30代とかで 書いた詩が、
  いま 僕らは、そこまでの重さの言葉を 並べられないんですよ。」
松岡さん
  「あー、なるほど。」
岡田くん
  「ていうのを感じたりするんですけど。
  なんでだろう(笑)なんで って言ったら変ですけど、素朴な・・・」
松岡さん
  「いや、すごく 重要なことでしょうね。」
岡田くん
  「なんなんだろうなと。」
松岡さん
  「ただ それは、
  岡田さん達の世代に 個性が足りないとか、深さが無いんでは ないと思うんですよ。
  まずは、時代があったと。
  ま、その、何歳から何歳まで っていうことを言われてるかは 別として、
  漠然と、僕らの世代 っていうことにしときますが、
  我々の世代の多くは、まだこう、カウンターカルチャーとか 反体制とか 社会主義とか、
  さっき チラッと言った、革命 って何だろう とか、それから 『日本沈没』 だとか。
  その 『日本沈没』 を書いた小松左京、その前に 『日本アパッチ族』 というのを書いていて
  大阪のね、クズ鉄を拾って お金にする連中がいて、そういうものが あったから、あの、
  鉄男くんていう 『鉄男』 のね、マンガや映画も出来るんですけれども、
  その、元にそういう亀裂がある時代に いたわけですよね。
  で、黒人 ていっても、ロックも ブルースも、カッコいいなと思っても、
  殺されていたり 差別されていて、こう、レゲエ っていっても、
  僕も、ボブ・マーリー達にも 会ってるんですが、素晴らしいんだけれども、
  その奥に、民族感情とか、戦いがこう、前に出てたわけです。
  それを 見ざるを得ない世代というか、時代だったんですよね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「そうすると、例えば 愛だとか、好きだと言っても、
  その奥にあるものも、同時に、言葉にせざるを得なかったり、
  えー、この前 亡くなった、僕も 親しかったんですけど、加藤和彦も 私の世代。
  ちょっと、僕より若いですけどね。
  その・・・いい歌だと思って歌うと、放送禁止になるとかね、
  やっぱり、そういう現実が まだ こう、断絶、溝、戦い、対立、葛藤が、
  ピュアなメッセージの裏に、こう、パシッっとくっついて、
  一緒に出て来てた時代なわけです。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「だから、泉谷しげる なんかが、言ってるけども、
  オレたち、過激なことやるけど、ほんとは こう、
  弱い、悲しいものが上手く出せないから、ああいう歌い方をするんだ、
  みたいなことを言いますけども、それは 泉谷だけじゃなくて、みんな、なんとなく思っていて
  で、僕と同い年に、宇崎竜童 がいるんですけどもね。
  僕は、昭和19年生まれだから、
  『一休会』 っていう会があって。 梨元とか、
  京都の、いわゆる 全共闘の委員長やってた 藤本敏夫。 加藤登紀子のダンナですけどね。
  彼らが みんな 『一休会』 なんですが、みんな 共通して、時々 思うのは、
  例えば 宇崎は、自分が ツナギの服を着て、ガンガン、あの不思議な
  “港のヨーコ・ヨコハマ・・・” みたいなのを歌うけども、
  それで こう、言えたことっていうのは、裏表、両方あるから、
  次は 別のことの裏表に移らざるを得なくて、また、深いものに行く。
  で、太鼓 に行ったり、いろんなことをやる。
  だから、連続して あることが出来ないぐらい、こう・・・ま、犯されたというか、
  そういう、傷を見ている時代だったということは、一つあるんじゃないかなぁ。」
岡田くん
  「うん うん・・・でも、そういう 僕ら世代の、若い人と、でも こう、なんていうんですか、
  日本各地の職人の方と コラボレーション されたりもするじゃないですか。」
松岡さん
  「はい はい。」
岡田くん
  「若い世代に、なんかこう、感じたりすることって あるんですか?」
松岡さん
  「いっぱい ありますよ、もちろん。
  例えば、ヒップホップとか ああいうものの、日本語のものを聴いていて、
  やっぱり、7~8年前より、うんと面白くなって来てるな とかですね。
  それから、例えば、GLAY なら GLAY の 詩の変遷とかを見ていると、
  ひょっとしたら、万葉的な言葉遣いを、気が付かないで使っていて 面白いなとか。」
岡田くん
  「へーぇ。」
松岡さん
  「そういうふうに 思いますよ。 だから 決して、詩が 駄目と思ったことはない。
  駄目なものも いっぱいあるけども、いいものも いっぱいある。」
岡田くん
  「うーん・・・」
松岡さん
  「ていうのはね、さっき言った 日本の方法っていうのは 何かっていうと、
  日本てね、文字を持ってない国だったわけですよ。」
岡田くん
  「はい はい。」
松岡さん
  「ね、長い間。 奈良時代に、まあ 簡単に言うと、
  金印の “漢の倭の奴の国王” っていう、教科書で習う あれが、大体 西暦ゼロですから、
  それ以降、ちょっとずつ入って来て、奈良時代に、やっと 漢字が入って、
  フォントが入って来たわけですよね。
  普通、フォントが入れば、まぁ 例えば、英語のフォントが入れば、英語を学習して、
  英語を 習得しますよね。
  ところが、日本人は 文字が無かったから、そこで 中国語にならないで、
  それ以前の、縄文 弥生まで ずうっと 頭の中で響いていた 声、音、意味 を、
  中国のフォントに 合わせたわけですよね。
  例えば、松岡 や 岡田 の “岡” っていう字は、
  岡というのは、縄文以来の “をか” という、あの姿のことであって
  “gāng” という、中国音ではないわけですよね。
  で、そうすると その、二重なものを、そこで持つことになるわけです。
  中国の漢字の “岡” でありながら、日本の 大和のですね、なだらかなイメージを。
  こういうものが、いまの J-POP の、面白い歌詞を聴いていると、
  ちょうど 出会ってるように。」
岡田くん
  「へーぇ。」
松岡さん
  「英語の言葉と、日本語の言葉がね、
  例えば、桑田が “宵や 闇や” とか、言うとかですね。 『愛の言霊』 でしたっけ。
  ああいうふうに こう “閻魔堂は闇や” とかね。
  閻魔堂と闇 っていうのは、たしかに 似てるんだけど、
  むしろ 音で “エンマドウ” と “ヤミ” が、コラボレーションしてるとかっていうこと、
  いっぱい、J-POP にあると思うんです。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「かつても、万葉仮名というのを そっから作って、漢字を ガンガン並べて、
  五・七・五・七・七 の、“たらちねの” とかね “あしびきの” とかっていう、
  かつての なんだかわからない音と、それから、中国の漢字を 日本的に読もう というものを、
  ごちゃごちゃにしましたよね。
  そういう意味で、日本の方法っていうのは、もともと そういう、不思議な、
  多重性を持ってるんですが、最近の、J-POP や ヒップホップを聴いてると、
  やっと そういうのが出て来たな っていうかんじがして、
  僕は、おお やってるな、と思い始めたんです。」


(曲)
サザンオールスターズ 『愛の言霊~SPIRITUAL MESSEGE~』
愛の言霊 ~Spiritual Message~


岡田くん
  「文章の世界でも、そうですか?」
松岡さん
  「文章も、だんだん そうなって来ましたね。
  これは、文章だけで すごくなったんじゃなくて、おそらく、
  大島弓子 や、萩尾望都 や、さまざまなマンガ家達、少女マンガも 少年マンガも含めて、
  マンガの中で、文字、フォントと 意味と 絵とが、非常に ダイナミックに動くようになって、
  それが だいたい、80年代の中盤ぐらいで、あるとこまで 行きついて、
  ちょうど、手塚時代が終わったぐらいでしょうかね。
  それが、よしもとばなな とか いろんな 新しい文学に出て来てから、
  いまみたいな 万葉的なものが、現在的に復活してるように、ちょっと 思いますよ。」




岡田くん
  「あの、松岡さんはですね “生涯一編集者” を、モットー とされてますが、
  編集者 っていうのは、どういうことですか?」
松岡さん
  「編集者 っていうのはね、まあ普通は 簡単な意味ですよね。」
岡田くん
  「はい。 なんか、それだけの “編集者” っていうのじゃないですよね。」
松岡さん  
  「じゃないですねぇ。」
岡田くん
  「松岡さんの おっしゃっている、編集者 っていうのは。」
松岡さん
  「はい。 普通は、映像 編集するとかね、音楽を編集するとか、
  もちろん、新聞も 雑誌も 編集してるんですが、
  情報 というものを、どうやって こう、方向を持った、
  ゴールに向かって、組み立て 組み替えるかっていうことですよね。」
岡田くん
  「うん うん。」
松岡さん
  「それは、メディアを通すというのが、一番、編集の わかりやすい意味なんですが、
  メディアを通さなくても、自分達や 我々が メディアでもあるから、
  例えば、昨日のことを、僕が いま思い出したり、岡田さんが 思い出そうとすると。
  17~18時間とか 起きてますよね。
  で、思い出しても、えーと、朝、何時に起きたっけ とか、何 食べたっけ とか、
  新聞 読んだっけ とか、テレビ そのとき 何やってたっけ とか、こう、Q&A の Q を、
  何したっけ? と言いながら こう、思い出すわけですね。」
岡田くん
  「うん。」
松岡さん
  「だけど、全部、その時の空気とか、スズメが鳴いた だとか、すべて思い出さない。
  つまり、人間ていうのは 元々、18時間ぐらいの情報を、
  しかも、昨日一日のことを思い出して下さい って言って、1時間もかかる人は いないんですよ
  かけられない。 大体、5分ぐらいで 昨日のことを思い出す。
  ていうことは、情報は、元々、誰も編集しなくても、
  1000分の1 とか、500分の1 ぐらいに コンデンセーション、濃縮されちゃうんですね。
  問題は、なぜ そういうふうに、人は情報を、自動的に 編集しちゃうのか。」
岡田くん
  「うん うん。」
松岡さん
  「例えば、子供時代 どうでしたか? って言うと、
  『いやあ、寂しい 少年時代でした』
  なぜ、寂しい 少年時代 っていうぐらいに、編集するんだろう。」
岡田くん
  「フフ(笑) ま、たくさんあったんだろうけど・・・」
松岡さん
  「そう そう そう。」
岡田くん
  「勝手に 短くして、まとめちゃうってことですよね。」
松岡さん
  「で、V6 って どんなバンドでしたか? っていうと なんか、ま、短くなりますね。」
岡田くん
  「うん、そうですね。」
松岡さん
  「でも、この 短くなるプロセスには、なんか 秘密がある と思い始めたんです。
  例えば 『鳩山首相、ついに、東アジア共同体構想 発表』
  なぜ “ついに” って入れたのか とかね。
  こういうことによって、人は 変わって行くわけですよね、情報も。
  ということは、人間の 意識そのものに、編集がかかってるんではないかと。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「これが、ひょっとしたら 邪魔な場合もあるし、
  もっと 面白くしてあげた方がいい場合もある。
  だから、その、編集のメソッドっていうのは、もうちょっと いっぱいあるので、
  それは、ま、映像編集、
  例えば、黒澤明が 『映画は 編集だ』 とか、キューブリックは 『映画は 編集だ』
  と言ってますから、編集が重要であることは みんな知ってるんですが、
  大体、メディアが 一手に編集しちゃうわけです。
  だけど、生な、普段の意識の活動や 言語活動、コミュニケーションの中にも、
  なんか 編集があって、その秘密っていうのは なかなか解きにくいんですよね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「それをやってみようかな というのが、まあ、わたくしの編集であり、
  それは ちょっと、エンジニアリング付けて、
  パソコンだとか、音だとか、映像だとかとの組み合わせも、さらにやる。
  で “編集工学” というふうに、まあ、名付けてるんですけどね。」
岡田くん
  「うーん・・・」
松岡さん
  「まあ、敢えて 言えばね(笑)」
岡田くん
  「アッハハハ。 すごいなぁ。 その・・・なんだろう、編集工学 って、こう、
  どういうふうに、編集っていうの 身に付けて行くっていうのは ありますか?」
松岡さん
  「そうですね、僕はね、情報っていうのは、
  乗り換え、着替え、持ち替え を、しょっちゅうしてると思うんですよ。
  ある情報が、何か メディアや ビークル 乗り物に乗って、
  例えば、ものすごいスピードになるとか。 いまは これ、ラジオですよね。」
岡田くん
  「はい。」
松岡さん
  「すると、僕や 岡田さんの顔は、イマジネーションで、みなさん 想像するしかない。
  岡田さんの顔は、よく知られてるけど、例えば 僕の、この声だけで、
  もし、僕の顔 知らない人は、別のものを 想像しますね。」
岡田くん
  「はい。」
松岡さん
  「つまり、あるビークル。 情報って、必ず 乗り物に乗りますから、
  声に乗ったり、ラジオに乗ったり、テレビに乗ったり、新聞に乗ったり。
  そうすると、乗った 乗り物によって、情報は 編集の変化が起こる。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「二つ目は、着替えする。
  情報は、例えば、見出しになるとかですね、ボディーコピーになるだとか、ブログになって、
  文章が変わるとか、あるいは 会話になる、それから メールになる。
  それによって、乗り物も変わる瞬間に 着替えもしてるんですよ。
  例えば、絵文字が入るだとかですね。 “ね” っていう言葉が多いだ とか。
  “ふーん” “ふ” とかっていうふうになる と。
  だけど、言葉じゃ “ふ” は、あんまり無いですよ “ふん” は あっても。」
岡田くん
  「うん。」
松岡さん
  「そういうふうに、着替えが 起こる。
  もう一つ、情報は、持ち替えも いつもしてるわけですね。
  手元に、ヘッドホンがある なのか、ペンがあるのか、
  様々なツールによって、情報は 持ち替えをする と。
  編集を覚えてもらうというか、ちょっと 秘密を伝える前には、
  いつも 自分が、どういう乗り物で、情報編集に立ち会ったか、
  どういう着替えをするか というのが 一つです。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「二つ目は ですね、言い換えを ぜひ やるといい というふうに、薦めてるんですね。」
岡田くん
  「言い換え。」
松岡さん
  「ええ。 ここには ペットボトルっていうのが、目の前に、僕のとこに あるんですが。」
岡田くん
  「はい。」
松岡さん
  「これ、ペットボトルというのは、もちろん ペットボトルなんですが、
  これを、30回とか 100回、このまま 言い換えて行こうと思うわけです。
  最初 、え? そんなこと出来ない、と思うんですが、
  でも、これは 容器 だし、日用品 とも言えるし、物体 とも言えますよね。」
岡田くん
  「あー。」
松岡さん
  「もちろん、お茶 とも言える。 メーカーの商品 だとも言るわけですよね。
  10個 20個、すぐあるわけです。
  私達は、人間とか 政治だとか 民主主義とか 資本というのは、一つだと思っているんだけども
  実は 100ぐらい、言い換えが可能なんですよ。」
岡田くん
  「うーん・・・」
松岡さん
  「それが、固定されてるわけです。 それは なぜ固定されたかというと、
  法律のためとか、政治のためだとか、学校教育のためだとか、
  いいことと いけないことを分けるためとか、
  そんなふうに、勝手に 言い換えられると、ルールって作れないと、
  普通、思われちゃう。
  それを 破りたいんですね、私は。
  編集っていうのは、そういうことを自由に、言い換えたり 着替えたりする。
  乗り換え、着替え、持ち替え というのは、
  言葉で言い直すと、言い換えが 自由に出来るかなぁ というようなことになりますね。」
岡田くん
  「自由・・・」
松岡さん
  「うん。」
岡田くん
  「そっかあ・・・その、固定概念の無くし方 っていうのは、全部に繋がるとこですか。
  ご自身が、こう・・・」
松岡さん
  「一つじゃないと 思いますねえ。」
岡田くん
  「そこが こう、核で、持たれている・・・」
松岡さん
  「はい。」
岡田くん
  「っていう感じですかね。」
松岡さん
  「その通りですね。」


(曲)
JIMI HENDRIX 『FREEDOM』  
Experience Hendrix: The Best of Jimi Hendrix


岡田くん  
  「あのー、丸善の 丸の内本店 4階で、本屋の中に 本屋を作ってる、
  書店の中に出来た書店。」
松岡さん
  「 『松丸本舗』 っていうんですけどね。」
岡田くん
  「 松丸本舗! 」
松岡さん
  「アハハハハ。 薬屋さん みたい。」
岡田くん
  「これ、また、なんか すごいですよね。
  これ ちょっと、説明してもらってもいいですか? これ、どういう・・・」
松岡さん
  「これね、松丸の “松” は 松岡で “丸” は 丸善なんですが。」
岡田くん
  「はい。」
松岡さん
  「本屋が いま、本が売れてないんですよ。」
岡田くん
  「そうですね。」
松岡さん
  「雑誌も、どんどん 潰れて行って、
  で、まあ、これは 出版社も、本屋さんもね、流通も、
  みんな 努力が足りなかったせいではあるんですけれども、やっぱり こう、
  売れないと駄目っていうときは、売れる本を置いちゃうから、また 悪循環になる。
  多少 売れなくても、なんか 興奮できるような空間があれば、何かになるんではないかという
  丸善の社長さんと、僕が 出会ってですね、
  じゃ、思い切ったことやりましょう ということで、
  スペース自体は 65坪ぐらいなんですが、そこに、5万冊ぐらいを 詰め込みましてね。
  で、さっきから ちょっとだけ お話してるように、ジャンル別ではなくて、ある文脈だけで、
  まるで 歌詞を追うようにというか、小説を読むようにというか、
  風景を、いろいろ こう、流れて行くようにというか、
  いろんな文脈で、本が並んでる空間を作ったんです。
  だから、おんなじ本が、いろんなところに また出て来るわけです。」
岡田くん
  「うーん。 なんかこう、繋がって行くかんじのある 本が並んでいるということですね。
  全部、意味があって。」
松岡さん
  「そうです そうです。」
岡田くん
  「なんか あの “春” だったら、春 にまつわる、なんか こう、
  繋がって行くかんじの・・・」
松岡さん
  「そうです そうです。」
岡田くん
  「はぁー・・・」
松岡さん
  「だから 例えば、なんだろう。 少女時代に 『アルプスの少女 ハイジ』 とかを読んだ人が、
  その後、いろんなことを こう、実は 読んでますよね。
  でも、それは バラバラだったりする、と、一見 見えるわけです。」
岡田くん
  「うん。」
松岡さん
  「でも 僕は、そこには 何かが 潜在してると思うので、今回は、
  まあ 今回はっていうか、これから、ずっと やって行きますけれども、
  例えば、福原義春 っていう、資生堂の、いま 名誉会長ですが、
  読んで来た本を、全部 並べるとかですね、順番に。
  山口智子さんが 読んで来た本とか、町田康 が読んで来た本を並べて、
  人って、こんなに自由に ランダムウォークしてね、本を読んでるんだというようなことも、
  展示したり。 展示っていうか、売ってるんですけども。
  それから、僕が並べた 『千夜千冊』 というサイトがあるわけですけれども、
  それの 組み立てを、全集にしましたので、その全集に沿って、
  それに もっと、10冊 30冊 間に入れて行って 組むとか。
  そういう、なんか 変わったこと やってますね。」
岡田くん
  「うーん。 すごい情報量ですよねえ、情報量(笑)
  でも、松岡さんの中での、
  いーっぱい 聞かれたと思うんですけど、人生で、何冊ぐらい 読まれたんですか?」
松岡さん
  「ぜんぜん 見当つかないですよ。 ほんとに わかんない。」
岡田くん
  「いっぱい(笑)いっぱい、それ、質問されてると思うんですけど。」
松岡さん
  「でもね・・・」
岡田くん
  「相当・・・」
松岡さん
  「いや いや、でもね 岡田さんも、読書好きだとも聞いてるし、例えば、歌を いろいろ、
  読書じゃなくても 歌を聴かれて、
  全部 聴いたような、まあ 聴いてないようなかんじでしょ?」
岡田くん
  「そうですねえ。」
松岡さん
  「ねえ、だから、何曲とも 言えないですよね。」
岡田くん
  「はい。」
松岡さん
  「しかも それって こう、あるスタイルが聞こえて来ると、大体、
  その後ろに 100曲とか300曲あっても、なんとなくこう パパパッと聴いても わかりますよね。  本もね、そういうとこ あるんですよ。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「だから “キーブック” って言ってんだけども、
  ある、まあ こう、流れの中には、確かに キーブック は あるんですね。
  それは、克明に読んだり、熟読したり、マーキングして、もう いろいろ汚くして、
  線を引いたり、何度か読んだりもします。
  ところが、その キーブック が、例えば 5冊とかぐらい、ある程度 まとまって来ると、
  例えば、ビートルズを知らないで 現代の音楽を聴くよりも、
  ビートルズ と、ローリングストーンズ と、まあ 例えば、デヴィッド・ボウイ の、
  これは、なんか 聴いたという中で、他のものを聴くと、ずいぶん違いますよね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「おんなじように、本も そういう、
  ビートルズ と、ローリングストーンズ と、デヴィッド・ボウイ の 3冊ぐらいを、
  自分の中で、あるとき 見えるわけですよ。
  それを 何度か読んでるうちに、他の本が こう、ワーっと くっ付いて来るんですね。」
岡田くん
  「うん。」
松岡さん
  「だから、自分で入手して、ほんとに 1ページ目から読んだというのもありますけど、
  そうじゃなくて サッとね。 いわゆる 斜め読みに近いものも含めると、
  ほんと わかんないですね。」
岡田くん
  「なんか、僕の中で こう、点と点が 線になるって言ったら変ですけど、
  そういう瞬間て、楽しい瞬間じゃないですか。」
松岡さん
  「星座みたいになってね。」
岡田くん
  「なんかこう、あー、繋がって行く とか。
  ちょっと、年を重ねて行って 思うことは、そこなんですよね。」
松岡さん
  「ほぅ。」
岡田くん
  「なんかで やってることが、
  いろんなとこで聞いた、あっ スポーツ選手と同じ感覚で やってたりするんだ とか、
  なんか そういう、繋がって行くのが 楽しいことだと思ったりするんですけど、
  松岡さんにとっては “繋がって行く” ってことは、当たり前のことなんですか。」
松岡さん
  「いや、さっきの “連” じゃないけども、
  それこそが 私の、思いであり、狙いであり、やりたいことですね。
  点が線になり、線が面になり、面が立体になり、立体が また繋がって。
  じゃあ、立体が繋がったら、街みたいに なりますよね。」
岡田くん
  「うん。」
松岡さん
  「街のように、今度は 明らかに、空間が別のものを 頭ん中で繋げるには、
  どうしたらいいかなぁとかっていうふうに、やっぱり、繋がりを求めます。
  関係が 発見ですよね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん
  「そうすると、点から線になるとき、線から面になるときと、
  立体同士が 繋がると、ちょっと 複雑になりますよね。
  そうすると、その 複雑さって、最近は よく言いますけどね、複雑系とか。
  そういう、複雑な繋がりに、だんだん 自分を 追いやってるかんじがしますね、私も。
  でも、元は、点が線になる、線が面になるとこです。」
岡田くん
  「うーん。 じゃあ、あの・・・最後の質問になりますけども、
  番組を聴いてる、若いリスナーに。」
松岡さん
  「はい。」
岡田くん
  「メッセージを・・・」
松岡さん
  「(笑)」
岡田くん
  「いただけますか?」
松岡さん
  「そうですねぇ。 若い時は もう、何であれ、
  打ち込んでった方が いいと思いますね。 掘り込んでった方がね。
  それが、畑であっても、ギターであっても、機械の旋盤回しでも、
  絶対、その一つのなかには、全てに、
  さっきの “繋がり” がね、生まれるチャンスがありますから、
  自分は これしかやってない と思っても、
  まず それを、しばらくやった方が いいと思いますね。」
岡田くん
  「うーん。」
松岡さん  
  「で、さっきも 言われたように、それが いくつか、
  まあ、年を 多少 取った時に、パッと繋がるときがあるから、
  絶対 それを確信してですね、いてほしいのと。  
  それから やっぱり、面白い先輩に 出会った方がいいですよね。
  で、面白い先輩に会ったら、だいたい 変なヤツですから、それは。」
岡田くん
  「アハハ!」
松岡さん
  「変な お兄ちゃん、変な オジサンには、食らい付くと。」
岡田くん
  「フッ(笑)」
松岡さん
  「避けない ということですね。」
岡田くん
  「そうですよねえ。」
松岡さん
  「ええ。」
岡田くん
  「そこが 一番、いい出会いですよね。
  変な・・・ ちょっと 上の・・・」
松岡さん
  「そう そう そう。 普通の人は、もう、ほっといた方がいいですね。」
岡田くん
  「(笑)」
松岡さん
  「へッヘッヘ(笑)」


(曲)
R.E.M. 『MAN ON THE MOON』
オートマチック・フォー・ザ・ピープル



(対談が終わって、岡田くんの感想)

「さあ、ということで、松岡さんと お話をさせていただきました。
いやあ、なんでしょうねぇ、もう、言葉、ほんとに 悪い言い方をしますと、
スゲー、ジジィ がいるもんだな! と(笑)いうかんじでしたよね(笑)なんか。
(笑)ジジィ っつったら、怒られる・・・怒られますよ。
すごい おじさん達がね。 おじ様? かな? すごい おじ様達が。
ジジィ っつったほうが、面白いじゃん!
すごい・・・(笑)あの、いるんですよ。
なんなんだろうな、ああいう人んなりたいなぁと思うし。

うーん・・・やっぱ なんか、いつも 話してんのは、ああいう、
たまにね、会ったりするんですよ。 松岡さんとか こう、
何度か、いろんなね、方に お会いしたときに、
知の巨人 というか、ほんとに 近所にいてほしいな みたいな(笑)あの。
たまに、なんかこう、家に ピンポーン つって、軒下で 話 聴きてえなー みたいな。
こういう人、近所にいたら、人生 変わっただろうな みたいな。

いるんですよね、僕、結構 お会いしてるんですけど、
やっぱ、その人達に 『面白いなオマエら』 って、言われたい っていうのがね、こう、
昔から あるんですよね。 14ぐらいかな、から。
なんか やっぱ、怖い14歳 って 言われた世代なので、特に 強いっていうか、
『この世代、オマエらの世代、面白いよね~』 っつって。
『もう、勝てねえよ~』 って言われたい っていうのがね、すごくあるんですよね。
なんですけど、なんか やっぱり、でも、
学ぶことは、まだまだ たくさんあって・・・

ああいうジジィ に、なりたいですよね。
どうやったら なれんのかなぁ・・・
もう、何冊 読んだか わかんねえよー っていうぐらい 本 読めばいいのかな。
それだけでも ないですよね。

なんか、でも こう、付いて歩くのでも、ちょっと 違うんだよなぁ・・・
っていうかんじが するんですよね。
そんな気 しない?
なんかこう ですね、なんか 付いて、
付き人みたいに付いて、勉強することでもない気がするんですよ。
なーんかね、でも こう、たまに会いたいよね。 やっぱり(笑)
ああいう、イカした オジサン達とかは。
うーん やっぱ、会いたいなあって、すごく 思います。」


(曲)
ROLLING STONES 『JUMPIN' JACK FLASH』
Through the Past, Darkly (Big Hits, Vol. 2)



(松岡さんからの コメント)

「あの、やっぱり、本を、こう、知の 奥座敷に置いとかないで、
食べ物とか、ブーツだとか、Tシャツだとか、スポーツの アスリートの感覚とか、
そういうものの方に 捉えて来たので、ぜひ そっちに 持って行きたいので、やっぱり、
現実化というか、アクチュアリティー というか、
アクチュアルな書物、読書っていうのを、訴えたいし、広めたいですね。」

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