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2009/09/27 on air  「ロシア文学の魅力って何ですか?」                  (guest) 亀山郁夫さん


カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)



カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)


ドストエフスキー



(オープニング)

「こんばんは、岡田准一です。 今夜も始まりました 『Growing Reed』
この番組では、毎週一つのテーマの専門家をお呼びして、徹底的に質問。
番組の終わりには “考える葦” として、
僕も、みなさんと一緒に、成長したいと思います。

えー、今夜のゲストはですね、
東京外語大学学長でロシア文学者の亀山郁夫さんです。
亀山さんは、2006年から、
ドストエフスキーの 『カラマーゾフの兄弟』 全5巻の 新訳の出版を始め、
なんと、累計で100万部を超える異例の大ヒットを記録しました。

まあ、あの 『カラマーゾフの兄弟』 を読む人が、こんなに今ね、いたっていうのが驚きですけども。
ドストエフスキーの 『カラマーゾフの兄弟』 は、世界文学の最高峰と言われながらも、
難解な作品として、なかなか 全部を読むことが難しい作品として有名です。
 
ま、というか、ドストエフスキーはね、難しいですからね。
僕も 実は、一応 読んでは いるんですよ。
『白痴』 と 『罪と罰』 と 『悪霊』 かな。3つは 若い頃に。
まあ でも、ロシア文学は、マンガ界の巨匠だったり、映画界の巨匠だったりっていう人達が、
読んで 人生変えられたと、みんな言ってるんですよね。 ドストエフスキーを読んだ方がいいと。
ていうのを、どっかで いっぱい見て、
これ、オレも 人生 変えれるかもしれない、とか、こういう人達になれるかもしれない、と思ってね。
手塚治虫さんとか、宮崎駿さんとか、そういう人達が読んで、影響受けたって、
みんな言ってますから、それを聞いて 僕も読んだんです。
うーん、ま、いま読むと、また変わるかもしれないですけど、そのときは もう、難しすぎましたよね。
アハハ。 ま、高校とかぐらいですからね。
難しいなぁと思って、でも、これ読んでんのがカッコいい みたいなので読んでましたから、
もう一回、読み直してみたいなって思いもありますけども。

でも、いま、亀山さんの新訳がですね、なんと、
読みやすく 理解しやすい。 初めて読めた。 こんなに面白い作品だったとは! と、
各方面より、絶賛を集めているそうです。

そんな亀山さんが、昨年から今年にかけて、新たに翻訳して出版したのが、
同じく、ドストエフスキーの 『罪と罰』 全3巻。
こちらも、非常に話題になっているみたいですね。

亀山さんは、2008年11月4日、
ロシア文化の普及に貢献した外国人に贈られる “プーシキン・メダル”
そんなのが あるんですね、
プーシキン・メダルを、モスクワ クレムリンで、メドベージェフ大統領より授与されました。

そんな亀山さんに、今日は “ロシア文学の魅力って何ですか?” をテーマに、
お話を お伺いします。

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒にお付き合いください。」



(曲)
STING 『RUSSIANS』
The Dream of the Blue Turtles


岡田くん
  「先生は ですね、ロシア文学者ですよね。」
亀山さん
  「はい。」
岡田くん
  「なんで、ロシア文学を専攻されたんですか? そっから聞こうかなと思って。」
亀山さん
  「はい。 やっぱり、刷り込まれたというか、
  13歳のときに、中二の夏に 『罪と罰』 を読んで・・・」
岡田くん
  「(笑) すごい・・・」
亀山さん
  「そのときに やっぱり、その当時の最新の、
  古典の新訳で読んだんですけど、
  まあ、ドストエフスキーって、非常に難しい作家だっていわてるけれども。」
岡田くん
  「はい、はい。」
亀山さん
  「でも、私にも読めたんですね。 中学校2年生のときに。
  完全に 最後まで読みきれたという、それがやっぱり、非常に大きな経験として残っていて、
  で、高校3年生のときに 『カラマーゾフの兄弟』 を読んだのが、やっぱり、きっかけで、
  文学やるんだったら、ドストエフスキーしかないなあと思って、大学に進学しました。」
岡田くん
  「おおー・・・ドストエフスキーしかないと。」
亀山さん
  「思いました。」
岡田くん
  「ロシア文学って、いっぱいいるじゃないですか。」
亀山さん
  「はい。」
岡田くん
  「そんなかでも やっぱ、ドストエフスキーを選んで・・・」
亀山さん
  「というのは やっぱり、若いって、ものすごく苦しんでるわけですね。
  若い分、苦しいっていう、その苦しさをね、しっかりと受け止めてくれているなと、
  他の作品 それ 無いなあと思いましたね。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「つまり、人間の矛盾とかも。 ほんとに、悩み 苦しみ 傷、そういったものを、
  全部 受け止めてくれる文学があるんだ、小説があるんだっていう。
  それで、人間の なにかこう、認識の中にね、横たわっている 様々なドラマね。
  これを明らかにしてくれる、それはやっぱり、非常に魅力的ですよね。」
岡田くん
  「実は 僕も ちょっと、読んでるんですよ。 読んでるんですけど、僕は ちょっと不純で、
  日本も、なんかこう、偉人というか、
  マンガの世界でトップだった人とか、映画の世界でトップだった人が、ま、業界の中でも、
  スゴイ! っていわれる人は、みんな、
  ドストエフスキーに影響受けてるって、言ってるんですね。」
亀山さん
  「ええ、ほんとにそう思いますね。」
岡田くん
  「言ってて、そんなにスゲエんだ! と。 あの(笑)そんなに、だから まあ ちょっと、
  スゴイっていわれる人は、ドストエフスキーの言葉を出してるんで、
  僕も ちょっと、スゴくなりたいなっていう・・・(笑) 不純な動機で 読んでるんですけど。」
亀山さん
  「ええ。」
岡田くん
  「 『カラマーゾフの兄弟』 だけは、読んでないんですよ。
  『白痴』 と 『悪霊』 と 『罪と罰』 を読んでるんですけど。
  この番組を聴いてくれてる人は、結構、知識に飢えた方が多いので、
  結構、読んでるとは思うんですけど、
  この1時間で、ロシア文学を好きにさしてくれるということを お聞きしてますけど。」
亀山さん
  「ぜひ。」
岡田くん
  「ね。 ぜひ、お願いします(笑)」
亀山さん
  「(笑)」
岡田くん
  「代表的なロシア文学っていうのを、まず、教えてもらいたいんですけど。」
亀山さん
  「そうですね、19世紀。 ドストエフスキーも 19世紀ですけども、
  最も古いとこでは、アレクサンドル・プーシキン ていう詩人がいるんですね。
  その次、ゴーゴリ っていう、これも、かなり現代的な。」
岡田くん
  「有名な人ばっかり いますよね。19世紀の文学者って。
  なんで、そんな、19世紀っていうのは、盛り上がってたんですか。
  社会主義になる前ですよね。」
亀山さん
  「そうですよね。」
岡田くん
  「ドストエフスキーが生きてるうちに、社会主義みたいに・・・」
亀山さん
  「いえいえ、死んだ後です。」
岡田くん
  「死んだ後ですね。」
亀山さん
  「はい。 やっぱり その、19世紀の半ばまでね、奴隷制っていうんですか、
  農奴制を引きずっていて、そこには、社会の ありとあらゆる矛盾が集中してたんですね。
  だから、作家の考えることっていうのは、すごい ヒューマンな見地から出てるから、
  本当に、悩み苦しんでる人間と同時にね、
  底辺の人達と、ほんとに同時に苦しめるような、そんな気持ちで、小説書いていたから、
  おろらく、現代に甦ったんだろうなと思いますよ。」
岡田くん
  「いまと似てる・・・」
亀山さん
  「そう。 いまと非常によく似ている。」
岡田くん
  「すごい 売れてますもんね。 先生が書いた新訳はね。」
亀山さん
  「はい(笑)」
岡田くん
  「いまの時代に、やっぱ ハマったってことですか。
  辛い時期というか、辛い時期になると、ドストエフスキーが売れるみたいな。」
亀山さん
  「そうなんですね。
  振り返ってみると、例えば、2001年の 9・11のときにも、
  ドストエフスキーは、やっぱり、引用されたし、
  地下鉄サリン事件ですか、オウムの事件のときにも、ドストエフスキーが出て来たり、
  連合赤軍事件、1970年代のときにもですね。
  それだけ、事件が起こるとドストエフスキー って。」
岡田くん 
  「それは、ドストエフスキーの中に、救いがあるってことですか?」
亀山さん
  「いや。
  その事件そのものを、ドストエフスキーが予言しているようなところが あるんですよね、常に。」
岡田くん
  「ほぉー。」
亀山さん
  「19世紀の あんな時代でありながらも、
  現代の ほんとにこう、最も凶悪といわれるような犯罪までも、予言しているような。
  そういう その予言性。
  そして、その予言性の中から、やっぱり意味を見出して、そして、救いを提示しようとしてる。
  もちろん、救いなんか こう、単純に得られないわけだけれども、
  一人の作家が、やっぱりこう、なんていうんでしょう、
  もがき苦しんで、これじゃないか、っていうね、救いを提示するっていうのかな。
  それが やっぱり、魅力なんでしょうね。」
岡田くん
  「なんで、ロシア文学が、そんなに こう、
  世界中に、その 文学があると思うんですけども、救いを提示してたりとか・・・」
亀山さん
  「やっぱりね、ロシアっていうのは、ロシアの大地の広さに、何かこう 即して、
  世界の広がりっていうんですかね。
  つまり、グローバル化時代とかね、我々、言いますよね。
  インターネット時代っていうのは、我々、ほんとに、部屋の、
  狭い自分の部屋で、世界に接してるけども、
  その向こうに広がってるのは、ものすごい、莫大な広さですよね、ウエブの世界っていうのは。
  その 莫大なウエブの広さとですね、ロシアの果てしない大地って、重なってるんですよ。」
岡田くん
  「さぶさ(寒さ)とかも合うんですかね。」
亀山さん
  「あ、そうでしょうね(笑)」
岡田くん
  「なんか(笑)なんか ロシア文学って、重厚で、なんだろう こう、
  ちょっと 僕からすると、冷たい感じも あるんですよね。」
亀山さん
  「逆でしょう。」
岡田くん
  「ほんとですか?」
亀山さん
  「熱いんですよ。」
岡田くん
  「熱いっスか。」
亀山さん
  「あんな冷たい空間に生まれる文学だから・・・」
岡田くん
  「なんか、言葉の流れ方とか、だんだん、中身は熱いんですけど、流れ方とか、結構、
  エッジが利いてる かんじがするんですけど。」
亀山さん
  「なるほど。
  それは、正しいですね。
  やっぱり、ドストエフスキーの文学は “エッジ” ですよね。
  そのエッジに やっぱり、みんな、引っ掛かって来るんですよね。」
岡田くん
  「フフフ(笑)
  エッジがあるから。」
亀山さん
  「うーん。」
岡田くん
  「エッジがあるから、引っ掛かって行くという。」
亀山さん
  「そんな感じですよ。」


(曲)
RADIOHEAD 『JIGSAW FALLING INTO PLACE』
In Rainbows


岡田くん
  「ロシア文学って、重厚なのが多いですけど、それは なんかあるんですか?」
亀山さん
  「やっぱり、昔の人達の喜びというのは、
  例えば、我々、映画を観たり、様々な娯楽の機会ってありますよね。
  例えば、映画を観れば、人間の生活って、まさに 一瞬のうちに理解できるけれど、
  全て 言葉なので、言葉で 生活の隅から隅まで表現する、
  人間の心の、端から端まで表現しきるっていうね、
  それは やっぱり、それなりの分量が必要なんですね。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「ロシア人てのは、やっぱり、非常に おしゃべりが好きっていうか、
  なにか、全てを言い尽くしたいっていう、そういう願望に捉われてる、作家が少なくないので、
  それを やっぱり、表現しようとなると、
  それだけのボリュームが必要とされるっていうふうに なると思いますね。」
岡田くん
  「うーん・・・」
亀山さん
  「納得してもらえるかしら。」
岡田くん
  「納得し・・・いや、昔とかって ほんとに、ドストエフスキーを、
  日本でも、知識人の人達は、みんな こう、
  ドストエフスキーを読みあさったっていうことを聞きますけど、
  どこに、そういう魅力が あったと思われますか?
  なんで、そんなに影響を与えられたんですか。」
亀山さん
  「そうですよね。 ちょっと話はズレますけどね。
  例えば、私も 最近、何人かの 会社のトップの方と、お話をすると、
  例外なく、ドストエフスキーを読んでるんですね。
  そこから、何を勉強したかっていうと、やっぱり 人間の魂の、こう なんていうんでしょう
  ディメンションというか 広がりっていうか、それを勉強した。
  それが、なんていうんだろう、会社のトップに立って、人を管理して行くような場合に、
  ものすごく役立つって言うんですね。
  それは非常に、プラグマティックっていうか、実践的な読み方かもしれないけれども、
  ドストエフスキーの根本的な魅力っていうのは、やっぱり、
  村上春樹も そうだと思うんですけれども、
  人間の無意識の中にある ほんとに小さな、そして ものすごく大きな問題っていうのを、
  さっと拾い出して来て、目の前に ポンと提示する、その凄さなんですね。」
  だから、もちろん、面白い小説の原点が たくさんありますよ。
  しかし、何かこう、ほんとに広がりを持ち、普遍性を持ち、尚且つ、
  どの土地においても通用する文学っていったら、無いわけですよ。」
岡田くん
  「まあ、そうですね。」
亀山さん
  「日本なら日本という文化、あるいは、歴史 社会の中で通用する。
  あるいは、フランスならフランス、ドイツならドイツっていうことはあるけども、
  それを越えちゃってるとこがあるわけね。 でも、一様に やはり、
  それなりの 国のエリート達というか、知識人て申し上げましたようにね、
  そこに、その問題を見つける。
  ていうのは たぶん、言葉 悪いんですけど、ブランドだからなんですよ。
  ブランドっていうのは、ある意味では、文学っていうのは、
  最も安く手に入る、最も高級なブランドで、
  どこに行っても、これはこれだよ と、通用しちゃうわけですね。
  そうすると、何か問題が起きたときに、それを参考にし参照にすれば、話が通じちゃうという。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「 『罪と罰』 のラスコーリニコフがね、あそこで 老婆を殺したでしょ。 あの場面で、
  って言ったときにね、
  ほとんどの人が、スッと同じ問題、テーマでですね、向き合えるっていうか、
  そういうところで、一つの 渦を作っているってことでしょうね。」
岡田くん
  「あのー、文学を読むときの、体のザワつき感って、あれ 何なんですか?」
亀山さん
  「うん?(笑)」
岡田くん
  「たぶん 説明できないんですけど(笑)なんかザワつくんですよ、文学 読むと。
  それが、説明できないんですよ。 いまの小説では、そんなことは無いし、
  でも、文学とか読むと、なんだろう、
  文字が きれいだから、バーッと読めちゃうんだけど、何か ほんとの、
  体ザワつくというか、モワモワするというか。」
亀山さん
  「それが 本物の感受性じゃないですか。 それこそ・・・」
岡田くん
  「説明は できないんですよ。」
亀山さん
  「たぶん、僕も 説明できないと思います。」
岡田くん
  「あの感覚が 何なのかを知りたいんですけど、
  なんか、触られてる感じ? がするじゃないですか。
  体の なんか、どっか触られてる・・・」
亀山さん
  「そう、そう、そう。」
岡田くん
  「ねっちこいもんが、どんどん こう・・・」
亀山さん
  「侵食して ね。」
岡田くん
  「侵食して、触られてるかんじがするのが・・・」
亀山さん
  「文学だし、その最たるものが、ドストエフスキーなんだと思う。
  表面だけじゃなくて、魂までも 静かにしちゃうみたいな。」
岡田くん
  「あれ、何なんですか? あれ、説明できないんですよね。」
亀山さん
  「(笑)説明、難しいと思いますよね。」
岡田くん
  「何か、いい言葉 ないんですかね。 魂を、触られてるのか。
  あの、文字のパワーとか・・・」
亀山さん
  「それは でもね、全ての文学が、ザワつきを持ってるわけではなくて、
  もちろん、読み手の感受性も あるだろうけれども、
  作家の発している磁力っていうか、パワーっていうか、マグネット、
  それによると思いますね。 だから、全ての文学が、ってわけではなくて、
  自分自身にフィットしてくる文学。 それは もちろん、そうだけれども、
  普遍的に、誰が、ザワつかせる力を持ってるかといったら、
  たぶん、ドストエフスキーなんだろうなと。」
岡田くん
  「そのパワーが、っていうか、マグネットのある作品を、新訳されたわけじゃないですか。」
亀山さん
  「苦しかったです。」
岡田くん
  「アハハハハ! 率直な意見ですよね。 苦しいですよね。」
亀山さん
  「はい、ほんと 苦しかった。」
岡田くん
  「どうしたんですか? 『カラマーゾフの兄弟』 とかだって、こう、
  ちょっと書き方 ミスると、っつったら言ったら変ですけど、
  いろんなこと言われたりもする可能性が広い 作品じゃないですか。 苦しいですよね。」
亀山さん
  「苦しかった・・・ほんとに、
  3年かけましたけれども、3度か4度、
  翌日 起き上がれないんじゃないかと思うぐらいの疲労でしたね。 
  それぐらい、しかし、もう死んでもいいと思うぐらいの覚悟で。」
岡田くん
  「どうやって、新訳していくんですか?」
亀山さん
  「やっぱり、まず 訳しますよね。 それで、原稿をですね、
  いわゆる、初稿 二稿 三稿 四稿って、重ねて行くんですね。
  で、二稿で終わったら、読みやすいのって 絶対できないんですよね。
  三稿を重ね、四稿を重ねて、原文から離れて、
  やっと 登場人物が、はっきりと、目の前に見えて来るんですよ。
  そうすると、登場人物に成り代わって 喋ってるような、喋ることが出来るようになるんです。
  それが、読みやすさの原因だと思うんですね。
  だから、訳しましたと。 日本語で、何か整ってます、正確です、
  そこで終わったら翻訳じゃなくて、やっぱり、四稿 五稿ぐらいまで行ったときに 見えて、
  初めて、登場人物が見えたときに、翻訳は、本物の翻訳になるということですね。」
岡田くん
  「そこの表現て、難しくなかったですか?
  その、例えば、登場人物が、中途半端に 誰かわかんない状態で書いてたり、  
  例えば、するじゃないですか。」
亀山さん
  「そうなんです。 それがわかるまで、本は出せない。
  最後の脇役、どの脇役も、はっきりと見えて来るまでは、本としては出せない。」


(曲)
BIRD AND THE BEE 『AGAIN AND AGAIN』
ザ・バード&ザ・ビー


亀山さん
  「全体で 3000枚の、原稿用紙で3000枚ですから、
  それを 5回 見るっていうのはね、やっぱり死にますよね(笑) 原文と参照しながら。」
岡田くん
  「へーえ。 そういうの やっぱり、大変ですね。 でも それを 例えば、
  “彼” っていう表現とか、“僕” とかっていうのを、一個にしてしまうと、
  文句 言われたりとか、なかったですか?」
亀山さん
  「いや、もちろん ありますよ。」
岡田くん
  「違うんじゃねえのか? って、他の訳者さんに。」
亀山さん
  「もちろん、ありますよ。 いくらでも、批判は されてますけれども、
  つまり、5回目で校正したっていうところに やっぱり、絶対的な罪があるのかなあって、
  思うんですね。 つまり、言葉が難しいじゃないかって言うけれども、
  五稿まで行くと、登場人物の中から 言葉が出て来るので、
  逆に、非常に自然に、言葉が出て来るんですよね。
  これは不思議だなぁと、自分でも思いました。」


(曲)
BJORK 『JOGA』
Joga [12 inch Analog]


岡田くん
  「心掛けたことって、他に ありますか?」
亀山さん
  「何といっても、最初にぶつかったのは、名前ですね。
  ロシア文学って、一人一人、登場人物の名前が長いので、
  例えば、フランス文学でも 『赤と黒』 ってありますよね、有名な。
  あれなんかは、女性の名前は レナール夫人。そして、男性は ジュリアン・ソレル という、
  これだけで、最後まで行きますよね。
  ところが 『罪と罰』 の主人公なんかは、何通りも出てくるので、
  一応、登場した瞬間に、その人物が特定できるように 名前を統一していく。
  なるべく 余計な、愛称とか そういったものは使わないという、
  そういう方法で行きましたね。 それは、最大、工夫しましたね。」
岡田くん
  「あとは。」
亀山さん
  「あと、そうですね やっぱり、なんといっても、
  登場人物のセリフを際立たせるっていうんですか。 つまり、画面で観たり、舞台で観れば、
  この人が登場すれば この人だって わかりますけども、
  すべて文字ですからね。 文字でありながら、登場人物を際立たせるのは、やっぱり、
  一人一人の言葉使いっていうものを、しっかりと描き分けるっていうんでしょうか、
  訳し分けて、そして、より 登場人物を際立たせて行く、
  キャラを立たせるって よく言いますけどもね。
  そういうふうにして 個性化を図るっていうんですかね。 それは、努力しましたね。
  それが やっぱり、時間がかかって、 それが やっぱり、四稿目 五稿目で出て来る。」
岡田くん
  「パズルみたいな作業でしたか?」
亀山さん
  「うん。 たしかに、パズル。
  最初は、ほんとに パズルで、どの人物が どの人物かっていうことが、
  もちろん わかるんだけども、統一的にですね、
  その人ならではの表現で訳すっていうこと できないんです、最初は。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「最初、パズルですね、たしかに。」
岡田くん
  「日本語じゃ表現できないこととかも あると思うんですよ。」
亀山さん
  「たくさん ありました。」
岡田くん
  「そういうの なんか、どういう・・・」
亀山さん
  「それはもう、ほんとに砕いて 砕いて、その、
  難しい単語が出て来ますね、日本語では置き換えられない。
  そういったときに、砕いて わかりやすくする。」
岡田くん
  「具体的にいうと、どういうのがありますか。」
亀山さん
  「例えばですね、面白い単語があって “ナドルイフ” という単語があるんですね。
  これは、ヒステリーというのを意味するんですね。
  ところが、ロシア語にも、ヒステリーという単語、まあ、
  外来語で写し取った言葉が あるわけですね。 それは、人間がですね 何かこう、
  なんていうんでしょう、傷付いて、錯乱状態になってしまって、
  訳もわからないこと 叫び出すような、そういう状態を表す言葉なんですね。」
岡田くん
  「 “キィー! ってなる” って・・・」
亀山さん
  「そう、 “キィー! ってなる” って。
  あっ! そういうふうに訳せば いいのかもしれない(笑)」
岡田くん
  「アハハ(笑)」
亀山さん
  「たしかに そうかもしれない。
  つまり、その状態をですね、ロシア語は、ロシア語 独自の言葉として持ってるんですね。
  それが “ナドルイフ” っていうんです。
  “ナドルイフ” っていうのは、元の意味はですね、
  “表面を引き裂く” っていう意味なんですよ。
  それによって、そういう キィー! っとした状態を表すんですね。 ヒステリー状態みたいな。」
岡田くん
  「はーぁ。 表面を、こう・・・」
亀山さん
  「引き裂く・・・」
岡田くん
  「引き裂く。」
亀山さん
  「うん。 これをねえ、日本語でなんていうふうに訳すか わからなくて、
  友達にも聞き、いろんな人に聞いてみて、最終的にですね、
  例えば ある翻訳ですと “上擦り” とかね “破裂” とか訳すんですが、
  それは まずいんですね。
  で、自分なりにですね、最終的には “錯乱” て訳したんですよ。
  何故かっていうと “錯” っていうのには、引き裂く 匂いがあるでしょ、
  “乱” て乱れる なので、こう、なんか、引き裂かれ乱れるという・・・」
岡田くん
  「わかりやすいですよね。」
亀山さん
  「ですよね “錯乱” ていうね。 で、言葉としても落ち着きがいいので、響きもいいし、
  そんなふうに訳したんですが、しかし、それでも、ロシア語の持っている、 
  “ナドルイフ” っていう言葉の、本当に なんか、傷付いて、叫び出しそうな、
  そういう精神状態を表していないと思うんですよね。」
岡田くん
  「そうですよね・・・そこの、こう、バランスって 難しくないですか? その、
  言葉の持つ、ロシア語の持つ、なんかこう 深さとか・・・」
亀山さん
  「たしかに。」
岡田くん
  「一枚めくった感じだよ、みたいなのって、その、雰囲気じゃないですか。
  でも それを、ね、単純に知っていった方が わかりやすいんだけど、
  そのニュアンスは、文学では大事だろうとか。」
亀山さん
  「(笑)そうね。」
岡田くん
  「あの・・・思う人も、いっぱいいるだろうし。」
亀山さん
  「たしかに、そう。」
岡田くん
  「残したいとこと、残さなくていいかな? っていうバランスっていうのは、難しいですよね。」
亀山さん
  「うん。 つまり、明確に訳すと、ある種 謎めいた 曖昧な、
  逆に それは、魅力に感じてる読者もいるわけだから、
  ただ、考えたのは やはり、最後まで読み通せることが、小説の前提だろうと。
  途中で終わったら、終わりだろうと。
  最後まで読ませるためには、やっぱり 読者は、一定程度、受動的な状態。
  受け身の状態で読まなければだめだと。
  難しい訳だと、やっぱり 自分が、前に前に つんのめりながら読むんですね。
  それだと、今の現代人は、おそらく最後まで ついて行かないだろうと。
  だから、映画を観るような、音楽を聴くような状態で、最後まで読み切らせて、
  尚且つ、透明さを通して 深さを経験させるっていうのかな。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「例えば ここに、一つの大きな池があったとして、透明な水が、
  澄んでいれば、底が見えるわけですよね。 しかし、濁っていたら、底が見えない。
  しかし ひょっとすると、濁っていても、底が浅いかもしれませんよね。
  しかし、透明ならば、底が しっかりと見えるから、深さは わかるわけです。
  だから私は、最終的には 透明さ。
  濁りではなくて、透明さを選んだっていうところが ありますね。」
岡田くん
  「うーん。
  いま出されている 『カラマーゾフの兄弟』  
  これ、どういう作品なのか、教えてもらっていいですか。」
亀山さん
  「ミステリーですよ。」
岡田くん
  「ミステリー。」
亀山さん
  「誰が、父親を殺したのかっていう。」
岡田くん
  「いま流行りの、ミステリーですよね。」
亀山さん
  「はい。」
岡田くん
  「この、カラマーゾフ。 まず最初に やられたの、カラマーゾフですか?
  なんで、カラマーゾフを選ばれたんですか。」
亀山さん
  「ズバリ、人生、もう 長くないので(笑)
  これをやっておけば、次の小説 訳さなくてもいいだろうと。
  『罪と罰』 があるけれども、それよりも、こっちの方がすごいだろっていう思いがあったので、
  まずこれを訳しておけば、あとは 心理的に楽だなあと。
  最初に 『罪と罰』 を訳したら、後で カラマーゾフ 翻訳しなければならないか、っていうときに、
  相当 心理的な負担になると思ったので。」
岡田くん
  「あー。 一番 大変な、一番すごいと思うものを・・・」
亀山さん
  「そうです。」
岡田くん
  「選んで と。」
亀山さん
  「選んだんです。」
岡田くん
  「へえー 『カラマーゾフの兄弟』 を。 すごいですね。
  どんな魅力がありますか? カラマーゾフは。」
亀山さん
  「やっぱりね、人を殺すという問題は もちろん謎なんだけれども、
  ここで問題になってるのは、父殺しなんですね、父親殺し。
  カラマーゾフ家の兄弟の 誰かが殺したわけですよね。
  いったい誰なのか? っていう犯人捜しが、この小説全体のテーマなんですよ。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「犯人の候補者、やっぱり何人かしかいないんだけれども、
  全員が ある意味で、父親殺しに加担している。 気持ちの上で。
  その中で、じゃあ、ほんとの下手人が犯人なのか? っていう問題なんですね。
  ドストエフスキーは、ここに ものすごく深い、大きな意味を込めようとしていて、
  この小説における、父殺しの犯人ていうのは、決して 下手人ではない。
  最も、犯行現場から遠くにいた人間だという、そういう 何かこう、構造をね、作ったんですね。
  じゃ 何故、現場から一番 遠くにいた人間が、最も罪深いか、っていうのがね、
  この小説の、いってみれば、世界最高峰といわれる文学の、
  文学たる所以ていうのかしら。」
岡田くん
  「深いですねえ・・・深い内容ですね。」
亀山さん
  「でしょ?(笑)」
岡田くん
  「明日、読みたくなりますね(笑)
  どんな内容だろうって、読みたくなっちゃいますよね、明日ね。」
亀山さん
  「その 殺人の場面も、すごいですよ、描写は。
  しかも その、仕組まれ方っていうんですか、複雑な仕組みっていうのは やっぱり、
  並みのミステリーでは、とても たどり着けないぐらいの。」
岡田くん
  「一番 好きなセリフ、なんですか?」
亀山さん
  「うーん、やっぱり そうね。」
岡田くん
  「カラマーゾフの中で。」
亀山さん  
  「 “神が無ければ 全てが許される” っていう、一言ですね。」
岡田くん
  「 “神が無ければ 全てが許される” 」


(曲)
JOAN OSBORNE 『ONE OF US』
Relish



岡田くん
  「 『罪と罰』 書かれてるんですよね。」
亀山さん
  「翻訳してます。」
罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
岡田くん
  「 『カラマーゾフの兄弟』 よりは、
  えー? でも 『罪と罰』 の方が、難しくないですか。」
亀山さん
  「いや、そんなことないです。」
岡田くん
  「ほんとですか。」
亀山さん
  「カラマーゾフの方が難しい。 しかし、現代性っていうのかな、
  つまり、昨年の6月に、秋葉原の事件なんか ありますよね。」
岡田くん
  「はい。」
亀山さん
  「ああいう問題を考えるには、やっぱり 『罪と罰』 の方が、はるかに、
  我々に突き刺さって来ますね、直接に。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「この 『罪と罰』 の主人公の、二人の女性を殺害するんですけれども、
  その主人公は、最後まで、自分の罪を認めようとしませんからね。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「そういう人間 いったい、ほんとに、救いなんて 現れるのか? っていう。
  にもかかわらず、その、罪を犯した青年に対して、ものすごい軽い刑が下されるんですね。
  その矛盾があって、その矛盾は どうやって解決されるのか、っていうところに、
  ドストエフスキーの問題設定があるわけですね。」
岡田くん
  「うーん。 あの・・・みんな感じないかな。
  文学 読んでる時のような ゾワゾワ感(笑)
  聴いてる人も、いま 感じないのかな? わかんないですけど、
  僕は こういう、こう、文学の話すると、ちょっと ゾワゾワするんですよ。」
亀山さん
  「嬉しい・・・(笑)」
岡田くん
  「(笑)ま、『罪と罰』 も、じゃあ、なんか いいセリフ、ないですか?
  それも聞いておきたい。」
亀山さん
  「うん、そう。 深いセリフとかいうんじゃなくて、つまりその、
  サインを求められたときに、自ずから、そこに フッと こう、
  ロシア語で書くセリフがあるんですね。 それは、
  “ロージャ、私 恥ずかしい” っていう、
  そういう 一言が、非常に好きで、それは どういうかっていうと、
  『罪と罰』 の主人公が、ラスコーリニコフ っていうんですね、二人の女性を殺害する。
  その ラスコーリニコフ という主人公の妹が、アヴドーチャ。
  ドゥーニャ っていう名前の女性なんです。
  それがもう、ほんとに美しい女性なんですね。 ところが、貧しいので、要するに その、
  大変 お金持ちの弁護士と結婚しようとするんですが、
  しかし、この お金持ちの弁護士は、かなり なんていうんでしょう、
  人間的には 卑しいっていうか、どこか救い難いところがあるんですね。
  その、いわば最終的に、婚約者の卑劣さっていうものが明らかになったときに、
  私は、あんな人と結婚しようと思ったことを、恥ずかしく思う、っていうんで、
  お兄さんに わかって “私 恥ずかしい” っていうこと、一言 言うのは、
  何故か 私にとっては、印象的なんですね。
  これは おそらく、読んだ読者は わかってるんですよ。 何故、その一言が・・・
  こう、スパッと 自分の人生をね、見極めて、次のステップに進もうと決意した、
  一人の女性のね、何かこう・・・」
岡田くん
  「思いですよね。 深い、深い思いの・・・セリフですね。」
亀山さん
  「それがね、いままで 未練で持ってた男性を、パーンと見切ったときの、
  そのセリフですね。 ちょっと 『罪と罰』 全体の本筋から離れたセリフなんですが、
  僕にとって 何か、ちょっと重い、いい言葉なんですね。」
岡田くん
  「そういうの 探せるのも、いいですよね。」
亀山さん
  「そうですね。」
岡田くん
  「読みながら・・・いろんな人を見ながら、このセリフいいなぁとか。
  文学は、見つけやすいですもんね、セリフとかも。 深けえなー とか。」
亀山さん
  「(笑)」
岡田くん
  「なんだよ、この重いセリフは! みたいなのが、ありますもんね。  
  いまは、やられてるんですか? 新訳。」
亀山さん
  「いまは、さっき おっしゃった 『悪霊』 です。」
岡田くん
  「 『悪霊』 ・・・」
亀山さん
  「ですが、この 『悪霊』 が、また ものすごく重い小説なんですけれども、
  これまで ずうっと訳された 『悪霊』 ってタイトルで訳されたものを、
  今回、別の訳で、タイトルは変えようと思ってるんですよね。」
岡田くん
  「へーぇ。」
亀山さん
  「 『悪魔』 か 『悪鬼』 か。 “悪鬼”っていうのは、悪い鬼ですね。
  『悪鬼ども』 とか 『悪魔』 とか、そういうタイトルで訳して、
  もう少し激しく、読者に迫ってみたいなぁっていうふうに。」
岡田くん
  「3作目にして、ちょっと激しく行ってみようかなぁと。」
亀山さん
  「攻めてみようと・・・」
岡田くん
  「アハハ! 楽しみにしてます。
  あの、じゃ ラストに。 ドストエフスキーを読んでる人生と、読んでない人生、
  違いは 何ですか?」
亀山さん
  「あっ、いい質問ですね。
  これは、僕の言葉では ないんですけども、例えば、
  ロシアの有名な作家が、こう言ってるんですね。
  人間には、3つのタイプがあると。
  それは 『カラマーゾフの兄弟』 を読んだ人間と、これから読もうとしている人間と、
  これからも永劫、一切 『カラマーゾフの兄弟』 を読もうとしない人間。
  この 3つに分かれる、って言うんですね。
  これが一体、何を意味してるかは 難しいかもしれませんけれども、
  やっぱり 『罪と罰』 にしろ 『カラマーゾフの兄弟』 にしろ、
  こんな、目で追える、どこでも、つまりその 電車の中でも経験できる、
  最高の 人類的経験ていうのは、もしも それを知らずにいたら、
  悔しいだろうな っていうふうに思うんですね。」
岡田くん
  「うーん。」
亀山さん
  「おそらく、なんていうのかな、本当に最高の映画、あるいは 最高に美味しいグルメ、
  そういったものに匹敵するぐらいのね、意味のある体験になると思うんですよ。
  避けて通っては もったいない。」


(曲)
FORT MINOR 『WHERE'D YOU GO』
The Rising Tied



(対談が終わって、岡田くんの感想)

「さあ、ということで、亀山さんと お話をさせていただきましたが、
もうね、ドストエフスキー。
明日 読まなきゃ! ってね(笑)思ったかなあ? みんな。 どうなんでしょうねぇ。
でも なんか、人生 もったいないよって、そんなに言われるんだったら、
読んでみていいかなって思ってくれる人がね、いればいいですけどねぇ。
いやもうね、たしかにね。
文学とかね。 文学って言葉で、ちょっとダメだっていう人も いるかもしれないですけど、
でもね、こう、歳を重ねて読むとね、たぶんね ものすごく面白かったりすると思うんですよね。
『あっ、この言葉って、こんなに深かったんだ』 とか。
わっかんないけど、ちょっと こう、バカっぽく言ったら、
『スピッツの歌詞って、こんなに良かったんだ』 みたいな(笑)あのー、
子供の頃に聴いてた歌詞が、こんな意味があったんだ! みたいな、あの(笑)
絶対あると思うんですよ、大人になって読むと。
読み易い・・・読み易くはないかもしれないですけど、意味が・・
『あっ、こんなに深い意味とか、こんなに いろいろケアされて言われたセリフなんだ』とか。
ね、あの、そういうの感じたりするのも、面白いと思いますし。

うーん、ね、あの、文学に触れるってね、歴史に触れることでもありますし、
何か、昔のほうが なんかね、魂を触られてる感じって、あると思うんですよ。
なんか、そういう経験、ね、
ぜひ、明日? 月曜日ですから。 買って、電車でも読めますからね、買ってもらって、
『わ、なんか、触られたな、オレ・・・』 みたいな 『私・・・』 みたいな。
知り合いに、言ってみては いかがでしょうか(笑)」


(曲)
DOORS 『TOUCH ME』
Greatest Hits



(亀山さんからの コメント)

「あのね、すごいテンポが良くて、
久し振りに 気分の高揚っていうか、精神の高揚を感じながら、語ることが出来ました。
ほんとに 岡田くんの素晴らしいパーソナリティーで、
彼の なんていうんでしょう、綺麗な瞳に 見つめられながら 喋られて、とっても良かったな、
いい体験だったなと思います。

いま こういう、グローバルな時代にね、
ほんとに苦しんでいる人、若い人は、たくさんいると思うんですが、
縮こまっちゃった心、縮こまっちゃった魂を、うわっ! と広げてきて、
生きて行くんだ! っていう そういうね、活力を与えてくれる文学が、ロシア文学だし、
中でも、ドストエフスキーだと思ってるんですね。
だから、苦しんでる人 悩んでる人は、ぜひ一度、ドストエフスキーに挑戦して、
人間て広いんだぞ! っていうことをですね、確信してほしいと思います。」

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