Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009/07/26 on air 「国語って 何ですか?」                          (guest) 中井浩一さん


正しく読み、深く考える 日本語論理トレーニング (講談社現代新書)



正しく読み、深く考える 日本語論理トレーニング


中井 浩一



(オープニング)

「こんばんは、岡田准一です。 今夜も始まりました 『Growing Reed』
この番組では、毎週一つのテーマの専門家をお呼びして、徹底的に質問。
番組の終わりには “考える葦” として、
僕も、みなさんと一緒に、成長したいと思います。

えー、今日はですね “国語” というのに、スポットを当ててみたいと思います。
国語、算数、理科、社会 と並ぶ学科ですが、みなさん、国語は得意だったでしょうか。
僕はですねぇ、まあ 後々、くわしく話したいと思いますけども、あのね、好きではないんですね。
好きじゃなかったですねー、若い頃とか、学生の頃は。

でも、国語力っていうのはですね、すべての科目の基本、なんて言ったりもします。
小学生に 英語を教える前に、国語を ちゃんと教えろ、なんて声もありますよね。
国語力が無ければ、数学の問題の意味もわからないし、英語の訳も 良く出来ないですよね。
でも、その一方で、国語力の低下についても よく聞きます。
国語力って、何なんでしょうか?
漢字が、たくさん読めて、書けることでしょうか。
接続詞や助詞が、正しく使えることでしょうか。
文章のテーマを、何字以内に 書けることでしょうか。
どうやったら、国語力は 上がるんでしょうか。
そこで 今日は、一体全体、国語とは 何なのかを、改めて考える時間にしたいと思います。

本日のゲストは、国語専門塾 鶏鳴学園 代表、中井浩一さん。
『日本語論理トレーニング』 『脱マニュアル小論文』 など、国語関連の著書の他、
『大学「法人化」以後』 や 『大学入試の戦後史』 など、大学関連の著書も多い、
日本の 国語教育のスペシャリストです。

“国語って 何ですか?”

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒にお付き合いください。」



(曲)
ONEREPUBLIC 『SAY(ALL I NEED)』
Dreaming Out Loud


岡田くん
  「今日はですね、はじめに やっぱ これはね、聞いときたいと思うことが あったんですよ。」
中井さん
  「はい。」
岡田くん
  「これ、テーマになってるんですけど “国語” って何ですか?」
中井さん
  「うん、そこが一番の 問題ですよね。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「一言で言うと “日本人の生きる力”」
岡田くん
  「ほぉー。 生きる力。
  まあ、例えば、国語力が無いと、他の科目も出来ないし、
  先ず、覚えるの 国語、日本に住んで。
  論理とかも、あるわけじゃないですか。 あと、人の気持ちとか。
  そういうのも、全部 含めて 国語力 ってことですか。 それだけじゃなくて?」
中井さん
  「 “国語” っていう言葉がね、曖昧じゃないですか。
  そもそもね、国語っていう言葉自体がね。」
岡田くん
  「はい、はい。」
中井さん
  「日本語っていうふうに言った方が、もっと はっきりすると思うんですよ。
  “日本語の時間” ですよね。
  それで、僕たち、日本人だから、日本語で ものを感じて考えてるわけですね。
  で、その 中核部分を成してるところが、本来、教育されなきゃいけないことですよね。
  日本語として。」
岡田くん
  「はい、はい。」
中井さん
  「それはもう、日本人としての感じ方、ものの見方、価値観、そういうふうなものが、
  そこの中に、最も凝縮して あるんだから、
  だから、まあ、それが “日本語力” 日本語の力で、
  それが 実は、さっき言ったように、その人の生活のところと 繋がってると思うんですよね。」
岡田くん
  「うん、うん。」
中井さん
  「だからこそ、一番 重要だと思うんですけどね。」
岡田くん
  「なぜ 、あの・・・“国語専門塾” っていうの、珍しいと思うんですけども。」
中井さん
  「うん、そうなんですよ。」
岡田くん
  「なぜ、その塾を 作られたんですか?
  『鶏鳴学園』 お茶の水の駅前にあって。」
中井さん
  「はい(笑) これはねえ、えー・・・」
岡田くん
  「ほんと、無いですよね。
  数学とか、例えば、そろばん にしても、昔からあるのとか、
  専門塾っていうのは あるじゃないですか。
  でも、意外と、国語って 無いなぁと思って。」
中井さん
  「そうなんですね。 ただ、僕の方の都合としては、
  三十のときに、哲学の勉強 始めたんですよ、僕が。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「で、その勉強を始めながら、自分の生活のために お金を稼ぐ必要があった。
  で、稼ぐ方法として、予備校の教師とかをやってたんだけれども、
  まあ、予備校っていうところは、他の人が作ったカリキュラムで、
  自分の好きなように出来ないわけだから、ま、自分でやりたい と。
  ついては、何を教えるかといえば、自分が いま勉強している “哲学” を教えたいと。
  対象としては、高校生。
  そこに、哲学を教えるっていうのが いいんじゃないかと。」
岡田くん
  「はい、はい。」
中井さん
  「そのときに、哲学っていうのを教えるっていってもですね、全然 商売にならないから、
  だから、国語を教える。」
岡田くん
  「じゃ、ほんとは 哲学なんですか。」
中井さん
  「逆を言えばですね、さっき言った、日本語の教育は、
  本当は、哲学じゃなきゃいけないと思ってるわけです。」
岡田くん
  「あー、元々は。 だから、哲学の授業が 国語になったみたいなもんですね。」
中井さん
  「そうですね。 」
岡田くん
  「ほんとは、そうあるべきだと。」
中井さん
  「ほんとは、そうあるべきだ。」
岡田くん
  「あー・・・」
中井さん
  「小学校は、別ですよ。
  しかし、高校 大学になれば、それはもう、哲学の時間にならなくちゃ、ほんとは いけないと。
  そういうことですね。」
岡田くん
  「僕、だから、オープニングで ちょっと、
  一人で しゃべったときに、言わせてもらったんですけど、
  国語は、正直言って、好きじゃないと。」
中井さん
  「うん、僕も、大っ嫌いだ。」
岡田くん
  「あ、ほんとですか?
  いや、点数は 別に、取れるわけですよ。」
中井さん
  「そう、暗記だからね。」
岡田くん
  「ハハハ、暗記・・・」
中井さん
  「暗記科目だから。」
岡田くん
  「なんで、好きじゃないかっていうと、
  作家さんが書かれた、作者の意図を答えろとか 言うじゃないですか。」
中井さん
  「うん。」
岡田くん
  「それは、本が読めれば、別に、わかる と。
  何冊も 本を読んでるような少年とか、いっぱい、本を 何回も読めば、
  わかるようになるじゃないですか、自然に。」
中井さん
  「うん、うん。」
岡田くん
  「それは、わかる と。
  でも、読み方は自由だろ、とか、いろいろ 子供ながらに・・・」
中井さん
  「うん、うん。 おかしいよね。」
岡田くん
  「反発しながらやってたんですよ。」
中井さん
  「うん、そう、そう、そう。」
岡田くん
  「その・・・なんで これ、なんか 作者の意図とか・・・
  とかって思いながら 『自由に読ませろ!』 って思ってたし、
  こう、授業とかで、あの・・・」
中井さん
  「正解がね、ほんとにあるんだろうか?」
岡田くん
  「そう。 ほんとに、作者、そう思ってんのか? と。」
中井さん
  「うん。」
岡田くん
  「オレの方が読めてる、とかって思うときも あるわけじゃないですか、先生とかより。」
中井さん
  「そう、そう、そう。 高校のときなんか、ほんとにそうだよね。
  学校の先生が 解釈してる解釈よりも、自分の方が、もう はるかに上だと。」
岡田くん
  「(笑)自分の方が 読み取れるよ と。 絶対、こう思ってんだ と。
  でも、この作品の意図を わかってないとかって なるわけじゃないですか。
  テストとかんなると、漢字 覚えろとか、
  別に、書けばいいんでしょう、みたいなかんじで書きますけど・・・」
中井さん
  「先生が言った通りね、書けば、点数は いいやね。」
岡田くん
  「だけど、国語っていうの 好きか? っていうと、僕も なんか、どっちかっていうと、
  国語、社会が得意だったので、文系で~す って答えるんですけど、
  好きか? って言われるとな っていうのが、やっぱ 出てきちゃう・・・」
中井さん
  「やりたくないよね。」
岡田くん
  「ほんとの国語を、教えて下さいよ。
  あの、みんな そうだと思ってるんですよ。
  じゃあ、漢字を覚えるのが国語 ではないですか?」
中井さん
  「漢字を覚えるのは、あれは 知識だよね。」
岡田くん
  「ハハハ・・・知識。」
中井さん
  「うん、知識でさ、ある程度の 必要最小限度のものはあるじゃない、知識としてね。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「それはまあ、やんなきゃいけないよね。
  しかし それが、さっき言った、日本語の生きる力で、
  日本人が生きていくための力 って言ったときに、それが、中心になるわけは ないよね。」


(曲)
JAZZANOVA FEAT.BEN WESTBEECH 『I CAN SEE』
Of All the Things


岡田くん
  「じゃ、日本の国語の教育は、もう ほんとに、一番 基本しか教えてないってことですか?」
中井さん
  「いや、基本以外に、余分なことを やってるんだよ。」
岡田くん
  「例えば、なんか・・・」
中井さん
  「例えば、文学を教えてるでしょ。」
岡田くん
  「(笑)文学 だめですか?」
中井さん
  「いや、あれもさ、文学を ほんとに文学として、きちっと理解するような・・・」
岡田くん
  「教え方してるか、ね。」
中井さん
  「そういう教え方であれば、まだ いいけれど、
  多くの場合、ちゃんとした理論もないんだよ、教え方に。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「ね。 それから “趣味” だよ、はっきり言えば。」
岡田くん
  「フフフフ(笑)」
中井さん
  「先生の趣味なんだ。」
岡田くん
  「アハハハ!」
中井さん
  「特に、高校なんかは、完全に趣味でやっている。」
岡田くん
  「(笑)まあ・・・ね。」
中井さん
  「その根拠はね、あの、高校の先生っていうのは全部、国文学の先生なんだよ。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「国文学だよ。 国文学っていうのは、文学を 自分で お勉強した人なんだけど、大学の4年間。
  しかし、お勉強したったってだねぇ、まあ、好きな人が 好きなことをやる、
  趣味レベルのことをやっただけなんだよ。
  で、本来、高校生に、何を どう教えなきゃいけないのかっていうふうなことが、
  きちっと 考えられてるわけじゃない。」
岡田くん
  「うーん・・・まあねぇ。」
中井さん
  「それから、もう一つは、小学校ぐらいから ずうっとそうだけれど、
  道徳なんだよ、事実上。」
岡田くん
  「道徳を。 はい、はい。」
中井さん
  「岡田さんが言ったように、ほんとうは さあ、人間の悪とか 闇の部分をえぐるようなものも、
  たくさんあるわけだよ。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「しかし、そういうのは まず 出て来ないし。」
岡田くん
  「まあ、そうですね。」
中井さん
  「いわゆる 綺麗事で収まるような・・・」
岡田くん
  「アハハハハ! はい。」
中井さん
  「そういうふうなものを 教科書には。 特に、小学生・・・」
岡田くん
  「まあ、お父さん お母さんが、うるさいかもしれないですね、それは。」
中井さん
  「うん、そういうのを やるわけだ、ね。 で、そうするとさあ、
  学校で教えてることは 正しい読解じゃないんだよ。
  どういうふうに考えるかじゃなくって、道徳的な答えが、既にあるんだよ。
  答えが、一つなの。」
岡田くん
  「うん。」
中井さん
  「こういうことを やってると、むしろ、考えない教育だよね。 考えさせない教育。」
岡田くん
  「はい、はい。」
中井さん
  「しかしさぁ、学校で教えてる道徳の答え。
  これは、現実社会で生きて行くには、全く役に立たないんだよ。」
岡田くん
  「(笑)ほぉ。それは、そうです(笑)」
中井さん
  「ね。 本来、やることってのは、考えてさぁ、
  ほんとのところ どうなんだ? っていうことだから。」
岡田くん
  「“論理” って、ディベートみたいなもんですか?
  ていうようなことを教えるってことですか?」
中井さん
  「あのね、レベルが いろいろあるの。
  ディベートっていうのも、一つの段階。
  一つの段階として、賛成か反対かっていうことに 分かれて議論をするっていうので、
  あれは、あるレベルだよね。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「でも、そのレベルでは 最終的な論理じゃないから、もっと上も あるわけでね。」
岡田くん
  「ちょっと、もっと上を 教えて下さいよ。」
中井さん
  「(笑)」
岡田くん
  「あの、違うんですよ。 国語が出来るって どういうことなのかっていうことに対して、
  答え って・・・」
中井さん
  「(笑)うん、そうだよね。」
岡田くん
  「じゃあ、どこまで行けば、その、国語が出来るっていうことに なるんですか?」
中井さん
  「ちょっと広げて 話しをするけれど、
  子供で、国語が出来る 出来ないっていうふうに、もし、言うとすると、
  どういう子供が “出来る” っていうふうに考えたらいいのか。
  学校の成績が出来る出来ない、これ全然 関係ない。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「そうすると、僕は 塾をやっているから、塾の生徒の場合、
  例えば、休むときの連絡が どういうふうに出来るか、
  これねえ、かなり 国語力が見える場面なんだよね。
  一番ひどいの、つまり、ゼロに近い国語力の子供はね、本人は連絡しないの。
  高校生にもなって・・・」
岡田くん
  「えーと、じゃあ、母親とか 家族がしてくれる。」
中井さん
  「そう、そう。 ただ、これも 連絡が無いよりは、まあ 上だけれど、
  でも、本人が出来ないので、母親が。
  もっと言うと、母親が出しゃばって来て、本人にさせない、とも言える。
  でも まあ、そういうレベルがあるでしょ。
  それから、その次のレベルで、
  一応、報告を自分でするレベルがあるのね。
  で、これ、世間で言う “ホウレンソウ”
  報告と連絡と相談が 出来る出来ないっていう、そういう基準で言えば、
  ま、一応、自分で それを言うんだけれど、
  その時の言い方がまた ね・・・」
岡田くん
  「それがね。 それが国語力ってことですよね。」
中井さん
  「うん。 その時の言い方が。」
岡田くん
  「これね、僕、聞きたいですよ。」
中井さん
  「うん。 普通はね、どういうふうに言うかっていうと、
  『この日は 他の塾と重なったので出れません』 または
  『学校の 修学旅行と重なったから出れません』 で、その後ね、
  『どうしたら いいでしょうか?』 こういうふうに聞くんだよ。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「これ、さっきの、自分で何も言えないのに比べれば、はるかに上なんだけれども、
  『どうしたらいいでしょう?』 これがね、丸投げなんですよね。」
岡田くん
  「あー・・・ それも いけない と。」
中井さん
  「だめ。 だめっていうか、低い。」
岡田くん
  「低い。 ほぁー・・・例えば、上っていうのは、何んなるんですか?」
中井さん
  「いまの場合だったらば、自分で どうしたらいいか考えるの。 この人はね、考えてない。」
岡田くん
  「考えて 『こうしますけども、大丈夫でしょうか?』 とか。」
中井さん
  「 『これで、いいでしょうか?』 とか、
  『もし、この日の授業が重要そうだったらば、鶏鳴の方を取るから、
  授業の 重要かどうかを教えて下さい』 とか、そういうふうなことを 自分で考えて、
  そして、こういう質問にする と。
  こういうふうになると、その一つ上のレベルになりますよね。
  これはね、単なる、相談が出来る、ただ 人に言えるっていうよりは、
  “問いを立てる” っていうことに なって来るわけですよ。
  ここらへんからね、ほんとに 考えることが始まり、論理的になってくるんだと思うね。
  問いを立てるっていうあたりから。」
岡田くん
  「なんだろう、それ、教育全体だと思うんですよね。」
中井さん
  「そうですね。」
岡田くん 
  「数学でも社会でも、なんでもそうだけど、
  えっと、じゃ、暗記してテストを答えなさいっていう やり方を 日本がして来たのが、
  ミスったわけじゃないですか。」
中井さん
  「そう、そう。」
岡田くん
  「それで “考える力” ってのも 無くなったっていうことじゃないですか。
  だから、全部に繋がることだっていうことですよね。」
中井さん
  「うん、そう、そう。」


(曲)
BETH ORTON 『THINKING ABOUT TOMORROW』
Daybreaker


中井さん
  「他の科目もね、暗記科目だよ、事実上ね。 数学ですら、暗記科目。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「だから、考えるって、どこでも無いんだよ。 どこにでも無い。
  しかしだよ、国語っていうのを 一つの教科として考えると、
  他の教科はね、はっきり言って、内容を教えるんだよ。
  つまり、知識なんだよ、一言で言えば。」
岡田くん
  「計算式とか、そういうのを、内容を教えるってことですね。」
中井さん
  「うん。 もちろん、考えるっていう前提も あるけれど、中心は やっぱり、知識になるね。
  そのなかで、考えるっていうことこそが中心になるのが、実は、国語なんだよね。
  何故って、国語ってね、中身は無いんだよ。」
岡田くん
  「はあー!」
中井さん
  「そういう知識を どうまとめるか、っていうような、
  与えられた知識を どうまとめるかっていうことが、国語の方だから。」
岡田くん
  「大人んなったときに、一番 必要なものだったりとかっていうことに なるわけですね。」
中井さん
  「そう。 だって、知識なんてね、覚えとく必要ないじゃない。 ネットで調べれば・・・」
岡田くん
  「(笑)まあ、あれば あったで、いいですよね。」
中井さん
  「ある程度。」
岡田くん
  「ある程度ね。」
中井さん
  「そう、後学はね。」
岡田くん
  「ただ、大人んなると コミュニケーションだったり、プレゼンシート、
  プレゼンしたりとかするのにも 全部、国語力っていうのが必要になって来る。」
中井さん
  「その知識を どう まとめて行くか、だよね。」
岡田くん
  「大事ですよ。 まとめる能力って、ものすごい大事ですよね。 生きて行くうえで。」
中井さん
  「うん、大事。 『結局 何が言いたいの?』・・・よくある。」
岡田くん
  「 『で、君、何が言いたいの?』 って(笑)ありますよね。」
中井さん
  「うん、そう。 『で、結局 何が言いたいの!』 って言われて、一言で、
  『これが言いたいの』 って言えるのが、国語力のある人だよね。」
岡田くん
  「あー。」



岡田くん
  「 “国語” って聞いたときに、僕は はじめ、国語って、国の言葉じゃないですか。」
中井さん
  「そう、嫌だよね(笑) 国の物じゃないもんね。」
岡田くん
  「国の物じゃないけど、でも、国の、ま、日本語・・・なんていうのかな、
  日本語教育ってなれば いいのかもしれないですけど、国の言葉っていうのを習うときに、
  なんだろう、こういうやり方って、民族性ですか? 教育の方針て、とか・・・」
中井さん
  「あのねえ、さっきさぁ・・・」
岡田くん
  「論理力が弱いとかって言われるのは。」
中井さん
  「文部省 ね、文部科学省が悪い・・・
  まあ、僕もさ、役人達がダメだっていうふうなことを思うんだけど、
  でも、もっと根本には、日本社会の在り方自体の問題があるよね。」
岡田くん
  「例えば、わかんないじゃないですか。 教育だけじゃなく、その、
  自分の考えてることを きちんとまとめてやるっていうの、海外は得意なわけじゃないですか。
  そういう、昔からの・・・」
中井さん
  「やっぱり、二つあると思うのね。 一つは、国民性と言ってもいいと思うけども、
  僕は、村社会の在り方 っていうふうに思ってるんだけれども。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「みんなが 均質でね、異質なものが無いような形で、社会ってのが作られている、
  それが、かなり古くから ずっとあったっていう面がある。
  これ、村社会の、いまでも続いてると思うの。
  で、もう一つね、やっぱり戦後の高度経済成長の時代の、
  日本の社会の進み方が 大きかったと思うんだよね。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「あのときにはね、考える必要なんか 無かったんだよね。
  もう、西洋の真似を ひたすらして、そして、突き進むっていうだけで良かったから、
  つまり、答えは もう あるわけ。
  で、いつまでに、その答えに合わせて、そして、政策を作るか。 実行できるか。
  そういうことが全てだったときが、しかも、それが 長かったのね。 しかも、成功したわけ。
  この二つはね、相当大きな相乗効果で、
  こういうふうに なって来ると、ディスカッションとかさ ディベートとかっていうのは、
  違う意見があって成り立つわけだからね、そうすると、そういうふうなものは いらない。
  または、もう 答えは最初から出てる。 その答えを出す必要は もう無いとなれば、
  ただ、能率だけの勝負になるでしょ。 早く答えに行けばいいだけだから。
  それをね、ずうっと やって来て、
  実は、団塊の世代から 僕達ぐらいまでは、まさに その中で育って来たわけですよね。」
岡田くん
  「そうですよね。
  でも、こっから どうするんですか?」
中井さん
  「そうなの、そこが!」
岡田くん
  「西洋・・・福沢諭吉が 西洋に学べと言ってから、そっちに行ったと。」
中井さん
  「そう。」
岡田くん
  「それが始まって、真似しましたと。 ま、戦争も いろいろあって、
  いろんなことで、こう、盛り上げて来たと。
  で、その形が、真似をしようって始めたのが、成った後、
  その、真似をするところが もう、無くなってしまったと。
  もう、真似するとこも、駄目んなって来たと。
  うんだら、自分達のアイデンティティーとか、そういうのを、
  探さなきゃいけなくなるじゃないですか。 その時期だと思うんですよ、今は。 そこで・・・」
中井さん
  「あのね、いま オレね、ちょっと言いたいんだけどさ、
  “探す” っていう言い方あるでしょ?」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「探す。 アイデンティティー探す、ね。
  これねぇ、いま、個性の話で言うと “自分探し” っていう言い方があるんだよ。」
岡田くん
  「はい、はい。」
中井さん
  「で、僕ね “探す” っていう言い方は、不正確だと思うんだ。」
岡田くん
  「おおっ、来た!」
中井さん
  「ね。」
岡田くん
  「わかります、その、おっしゃってることは。」
中井さん
  「つまりね、探しても無いんだよ。」
岡田くん
  「フッフッフ(笑) はい。」
中井さん
  「探して見つかるようなもんじゃないんだよ。」
岡田くん
  「無いんですよね。」
中井さん
  「無いんだよね。
  したがって、意識して 無いっていう自覚のもとに、作って行くしかないんだよ。
  で、これねぇ、作って行くっていう自覚で やり始めたら、それこそね さっきの、
  “論理” っていうふうな問題が出て来る。 はじめてね。」
岡田くん
  「うん。」
中井さん
  「で、どうやって作ったらいいか。 さっきの “問いを立てて行く” 以外に 作れないんだよ。
  『全部OK、受け入れ 受け入れ』 これね、なんの問いも無いのね。 疑問も無いの。
  しかし 『これは おかしいだろう? これは 変だろう?』
  『みんな、いじめがダメだっていうけど、じゃあ どうしたらいいんだよ?
  いじめの その仕返しも、いじめじゃないのか?』
  こういう 問いは、作って行けるような能力を 作るしかないんだよね。」
岡田くん
  「自分で作って行かなきゃいけないってことですよね。」
中井さん
  「そう、自分で。」
岡田くん
  「ていうか、あの、なんだろう、うーん・・・疑問に持たせない教育を、やって来た・・・」
中井さん
  「そうなんだよ! 疑問なんかね 持ってちゃ、邪魔なんだよね。」
岡田くん
  「(笑)いや、いや。」
中井さん
  「高度経済成長のときは。」
岡田くん
  「持たせなきゃ いけなくないですか? 今は。」
中井さん
  「そう。 ただね、ここは、いま大事なところでさ。」
岡田くん
  「大事なところ、はい。」
中井さん
  「大学進学って、一つある。
  そうすると、高校三年の人達に、いまだにね、
  やっぱり 多くの 学校の先生や、他の人達が言うことは、
  『何も考えるな。 とにかく、大学受験に合格するまでは、受験勉強やれ』
  ま、こういう言い方がね、やっぱり、いまだに あるわけ。」
岡田くん
  「まあ、言い方 多少 違うとしても、本質が そうだったりしますよね。」
中井さん
  「うん、そう。」
岡田くん
  「疑問に持たず、これを やっとけば大丈夫ですよ、っていう。」
中井さん
  「ところがさ(笑)もうね、それは終わった。
  そういうことを言ってる人達はね、さっき言った世代なんだよね。
  だから、自分の成功体験からいって、そういうこと言うんだけど、
  もう、時代が変わっちゃったからさ、それは 成り立たないんだよ、ほんとは。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「だから、自分で自分が “何を問いにして生きて行くのか” を、
  作らせるっていう “作って行く” っていうことを、
  高校のときに、徹底的にやんなかったならば ダメだと。」
岡田くん
  「そういう、高校からの方がいいですか? やっぱり。 中学じゃ 無理ですか?」
中井さん
  「いや、中学から・・・
  だって、さっき言った いじめの問題なんかは、小学校から経験してるわけ。」
岡田くん
  「そうですね。」
中井さん
  「だから、そういうふうなかたちで、本音で、
  しかも、道徳ベースで、駄目な意見を切り捨てるんじゃなくって、全部 拾い上げて、
  意見をぶつけあうようなことは、小学校から やって来なくちゃいけないんだよ、ほんとは。」
岡田くん
  「でも、疑問を、数を いっぱい作っても、答えを出せなかったら どうするんですか?」
中井さん
  「だからね、そこが大事なの。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「答えをね、教えられる教育を、ずうっと やっちゃうわけ、小学校から。
  『答えは ある!』 」
岡田くん
  「ある。」
中井さん
  「 『正解は ある! 早く見つけろ』 」
岡田くん
  「でも、子供からすると 『大人が持ってねぇじゃねぇか』 っていうことも、
  あるかもしれないですよね。」
中井さん
  「うん、そう。」
岡田くん
  「ていうのは、どうすればいいですか? 子供は。
  僕は、疑問を持つことは 大事だと思うんですよ。」
中井さん
  「うん。」
岡田くん
  「上手い やり方がありますよ。 疑問を持って、フザけんな~!っつって グレるのではなくて、
  疑問に思ったら、なんでそれなんだ? っていうことを考えて、
  きちんと 討論することが大事だと思うんです。
  話す・・・討論て、戦わなくてもいいから、ただ、話すことが大事だと思うんですけど、
  『大人が 気付いてないじゃないか!』 とかって。
  疑問に持つ大人っていうのも、なかなか いなくなって・・・」
中井さん
  「その通りだよね。」
岡田くん
  「それは、どうしたらいいんですか? この、若者達は。」
中井さん
  「うん、だからね “学校の先生に 期待してはいけない” っていうことを、
  教育しないといけないよね。」
岡田くん
  「アハハハ! いや、それじゃ寂しいですよ! それじゃあ 寂しくないですか?」
中井さん
  「いや・・・」
岡田くん
  「変えなきゃ、大人も変えなきゃいけないですよ。 わかってる人達が。」
中井さん
  「そうよ。 しかし、今の子供達は、もう 既に 入っちゃってんだよ、学校ん中に。」
岡田くん
  「まあ、そうですけど・・・それは、わかるんですよ。 よく 聞くんですけど、
  でも やっぱり、ちょっと 僕、そこ 引っ掛かって、
  『大人を信用するな!』 って、大人が言っていいのかな? と思っちゃって。」
中井さん
  「うん、言わなきゃいけない。」
岡田くん
  「言わなきゃいけない・・・はぁ。」
中井さん
  「大人が信用できる なんていうふうに思うから、あとで とんでもない間違いをおかす。」
岡田くん
  「(笑)信じられる大人、作りましょうよ!」
中井さん
  「この大人を 信じていいかどうかを、見抜いて行けるようなことを、
  子供のときから教えなきゃいけないよね、本当は。」
岡田くん
  「本当は、そうですね。」
中井さん
  「うん、本当は。 学校なんかは、そういうことを言えない場だから、
  結局、そういうこと言うと、親になっちゃうよね。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「僕は、塾の立場だから、学校とは距離を置けるから、学校の問題点は 言えるわけ。」
岡田くん
  「はい。」
中井さん
  「で、先生を選べ っていうことをやるわけ。
  学校にいるからといって、すべての先生が 立派な先生じゃないんだから。
  でも まあ、何人か、そんなかで立派な人、または マシな人もいるわけだから、
  やっぱり、そこ 選別して、考えなきゃいけない。
  そういうことこそ、やっぱり 教育しなきゃいけないんだよ。」
岡田くん
  「うーん、そうですね。 ま、どっか必要ですよね、そういうのも。」
中井さん
  「そういうことを やらないとね、論理なんか 出て来るわけないよ。
  全部、学校の先生は立派で~す、なんて言ってて、どこに論理があるの?」
岡田くん
  「そうですね。」
中井さん
  「この先生は 立派。 何故ならば、こうだから。 で、この人は、ダメ~。」
岡田くん
  「どこが ダメかと。」
中井さん
  「そう~。」


(曲)
FOO FIGHTERS 『MONKEY WRENCH』
The Colour and the Shape


岡田くん
  「 “論理” と “理論” の違いって・・・」
中井さん
  「これもねぇ “理論” は、結果、出来上がったもののこと なんだよね。」
岡田くん
  「うん、うん。」
中井さん
  「で “論理” は、それを作って行くプロセスだよね。
  だから、出来上がったものが “理論” になるんだけれども、
  これを 有り難がってもしょうがないよね。
  これは、他人が、誰かが作ったものだよね “理論” ていうのはね。
  これ、だから ある意味、その人が作った答えなわけだよ。」
岡田くん
  「うん。」
中井さん
  「日本の大学や、あれが おかしいのはさ、
  人が作った答えなんか、ほんとのこと言って、どうでもいいんだよ。」
岡田くん
  「(笑)」
中井さん
  「それは、しょせん 他人のものでしかなくって、
  じゃあ、自分の答えは どうなんだ? これ 作るかどうか。」
岡田くん
  「そうですね。 でも、僕は 逆に、論理の使い方って、ものすごい シビアだと思うんですよ。
  シビアって言ったら変ですけど、危ない。
  論理的に こうだっていうことを、例えば、考えて ずうっと行くと、
  すごく、人間的にも こう・・・」
中井さん
  「狭くなるってこと?」
岡田くん
  「狭くなったりもする可能性もある、こう、
  育て方が難しいというか、っていうのはないですか?」
中井さん
  「あのねぇ、その、理屈っぽい人ね。 理屈っぽい人っていうのと、論理的な人っていうのを、
  ごっちゃに考えると、そうなると思う。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「これ、ごっちゃにしたら、
  『なーんか あの人さあ、いついっても 理屈ばっかりの人間で・・・』 」
岡田くん
  「育て方、難しくないかなぁと思うんですよ。
  だから、逆に そういう授業で教えていて、もう なんか、間違った捉え方をしだしたら、
  どこ行っちゃうの? どこ行っちゃうの? ってなったりしないですか。」
中井さん
  「だって、チェック いつだって出来るわけ。
  自分が判断して、この先生 いい先生だと思う。 この先生 ダメだと思う。
  で、そのあと、ずうっと毎日、日々 チェックがあって、
  あ やっぱり、この人は ダメな人だった。 あ、この人 やっぱり、いい人だった。
  または、いい人だと思ったけども、ここのところは おかしいな。
  これが、絶えずチェックして 変わって行かなきゃいけない。
  一つで ずうっと行っちゃったら、おかしいけれど。」
岡田くん
  「うん、うん。」
中井さん
  「で、そういうところまで含めて、プロセスの全体を 教えないといけないでしょ。
  最初は、仮説だもんね。」
岡田くん
  「そうですね。
  時代も あるんですかね?」
中井さん
  「うーん。 それは あるね。」
岡田くん
  「結果があって、そこに 作るための道を、
  作って来た時代が あったわけじゃないですか。
  でも、こっからは、結果を 自分で考えなきゃいけないっていうことですよね。」
中井さん
  「だから、時代がもう 20年前に それは終わったんだけれど、
  一つの時代が終わってもね、制度は残るんだよ。 考え方も 残って行くわけ。
  だから、教育がさぁ、いまだに それが残って、今も続いている部分がある。
  だから、これ 根本から変えて行く必要が、もちろん あるよね。」
岡田くん
  「すごく、先生の考え方は、貫いて行くには、パワーがいりますよね。」
中井さん
  「うん。 協力してよ。(笑) 協力してもらわないと。」
岡田くん
  「文部省は、聞いてくれないですか?」
中井さん
  「文部省は・・・ただね、僕のようなことを、口では言うわけだよ。」
岡田くん
  「そうですよね、いま もう・・・」
中井さん
  「 “自分で考える力” とかさ。」
岡田くん
  「何年か前から もう、言ってますよね。」
中井さん
  「そう。 “ゆとり教育” 叩かれたけど、ゆとり教育の はしりのときに、
  あれはね “生きる力” って、言い始めたんだよ。」
岡田くん
  「ゆとり教育は、別に、生きる力 じゃなくないですか?
  僕、あの、ゆとり教育に 大反対な人なので・・・」
中井さん
  「うん。 ただね “生きる力” って言葉を使い始めたわけ、僕が言いたいのはね。
  で、あの言葉は、やっぱり、時代が変わったんだよ。 ところが、転換が難しいわけ、これが。
  いま、試行錯誤しながら、それを ああだこうだ やろうとしていて、
  この4月から始まった 学習指導要領は、一応ね “論理” っていうのを出しては いるの。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「だから、この変化に、ま、わかってる人は わかってるし、
  文科省の中でも、わかってる人は わかってるんだけど、
  そういう、学習指導要領 変えたからって、ほんとに 現場が変わるのか。
  それは、現場は なかなか変わらない。
  やっぱり “生き方” なんだよ。」
岡田くん
  「うん。」
中井さん
  「生き方が、論理的になるか。 つまりね、選択 決断をさぁ、やって行くような生き方。
  自分の人生を 自分で決めて、その責任を取って 生きて行くような 生き方をして行くと、
  その中で、実は それが 論理なんだよ。
  どっち選ぶんだ? っていうことを、こう、突き付けられたときに、
  ほんとに、どっちか っていうので、真剣に考える。
  これの方がね、はるかに 本気で考えるんだよね。」
岡田くん
  「うーん。」
中井さん
  「これを やらない人が、実は たくさんいるわけだ。
  その人が いくら “論理トレーニング” なんていうことを やったってね、
  ほんとのところ、まあ、なんにもならないよね。
  で、もっと言うとだよ、日本の社会がね、そもそも 自立する気があるのか? 」
岡田くん
  「(笑)自立しないといけないです。」
中井さん
  「自己決断をする、気があるのか?」
岡田くん
  「(笑)いやいや、こっから ありますよ。
  こっから、そうならないと、生きて行けないですから。」
中井さん
  「いや、いまだにね、そう思ってない人の方が、やっぱり 多いんだよ。」
岡田くん
  「あぁ、そうですか。」
中井さん
  「うん。」
岡田くん
  「変わらないと ダメでしょう っていうかんじですけどねぇ。」
中井さん
  「で、それがねぇ、ほんとに 社会が そう動いたときには、ドラスティックに変わるよね。」


(曲)
DANIEL MERRIWEATHER FEAT.WALE 『CHANGE』
Love & War



(対談が終わり、岡田くんの感想)

「さあ、とういうことで、中井さんと お話をさせていただきました。
いやぁ、そうですね “論理” 大事ですね。
これからの時代が、こう、きっとね、大事になって行くんじゃないでしょうか。
なんか、難しいですよね。

僕はね、でも、子供にね 『大人なんか 信じるな!』 って言いたくないんですよね。
なんかこう、自分も大人として 『大人なんか 信じるな。 疑問に思え』 っていう・・・
いや、正しいんですよ。 疑問に思って 生きて行かなきゃいけないし、
とにかく、疑問に思うことが、何かを調べたり、それは好き 嫌い、とか。

例えば、この人の ここが好き、この人の ここは嫌い、
自分は、じゃあ、好きな方を 真似しようとか、嫌いなことは 自分も しないでおこうとか。
そういうので、こう、学んで行くわけじゃないですか。
だから、はっきり 好き嫌いって、出来た方がいいと思うんですよ。
『あの人 いい人だから、悪いこと言っても、でも、そんなこと言っちゃいけないけど・・・』
みたいなのは、ちょっと あんまりこう、本質じゃない気がして。 なんだろう、
『そんなこと思っちゃいけない』 とかさ、あるじゃないですか。
それ、優しさとして とても素晴らしいし、いいことなんだけど、
やっぱり、好き嫌いって ちゃんとあって、
ここは 自分は真似しないと。 ただ、その人を責めたりはしないとか、
なんか あったときにね、責めたりはしない、というのが、人として正しいことで、
それを 『あの人 最悪だよね』 って、周りに言わないとか、それが、いいことなわけで、
その、好き嫌いっていうのは、出来た方がいいんですよ。

でも、なんかこう 『大人を信用するなー』 とか。
まあね、言っていいのかなぁ・・・(笑)
なんかねぇ、自分達が 大人っていう、もう、世代ですよね、
若く見えるかもしれないですけど。
なんかこう “頑張んないとな 大人” って思うというか、もっと こう、
『高校生、中学生、大学生、ついて来いよ!』
『信じなくていいぜ オレ達のことなんか・・・』 って言いたくない みたいなね。
だから “頑張ろう大人!” っていうのを、なんか やりたいなって(笑)
思います。」


(曲)
OASIS 『SOME MIGHT SAY』
モーニング・グローリー



(中井さんからの コメント)

「“国語”という、あんまり、普通の人が、取りつきにくいような話題で、
かなり、本音の話が出来たのが、非常に良かったと思うし、
岡田さんが、繰り返し、いまの教育を、すぐ、なんとか出来ないのか?
っていう問いを 出し続けたっていうところにも、彼の問題意識の強さを感じましたね。
ぜひ “論理” が、日本で広がるように、協力してほしいと思います。」


Appendix

Archives

全ての記事を表示する

02  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12 


Growing Reed

J-WAVE
every Sunday
  24:00~25:00
Navigator
  Junichi Okada
  ・・・・・・・・・・・・・・・・

J-WAVEとは関係のない
一般のリスナーですが、
素晴らしい番組内容を残したくて
『Growing Reed』を
文字にしています。


Blog Search


QRcode

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。