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2012/01/08 on air  「明るい未来を考えるために・文化編」        (guest)  鴻上尚史さん


深呼吸する惑星



深呼吸する惑星


鴻上 尚史




(オープニング)

「こんばんは、岡田准一です。
2012年 最初の『Growing Reed』に なります。
今年も、よろしくお願いいたします。

この番組では、毎週 一つのテーマの専門家をお呼びして、徹底的に質問。
番組の終わりには “考える葦” として、
僕も、みなさんと一緒に、成長したいと思います。

激動の2011年が終わり、新たな年が どうなっていくのか。
忘れちゃいけないことも たくさん起きましたし、
いろいろな不安や失望は、無くならないままだと思います。

そのうえで、希望を見出していこう、未来に向けて考えていこうとするのが、
この番組にできることだと、僕も含めて スタッフ一同、考えています。
そこで まず、今週と来週は、明るい未来を考えることをテーマにお送りしたいと思っています。

そんな、2012年 最初のゲストは、
絶望と希望を 舞台上に描き続けた、
作家で演出家の、鴻上尚史さん です。

鴻上さんは、僕の中での イメージでも、
演出家・・・なイメージが強くて、
実は 今、舞台をやられているんですけど、
そこに僕の親友が・・・親友って言っていいのかな(笑)
ずっと仲良い友達が出ていまして、
鴻上さん、鴻上さんていうのは、彼だけじゃなくて いろんなところから、
昔から聞いたことあるんですけども。

80年代を僕、10歳までしか生きてないので、あれなんですけど、
それをもろに影響 受けてた人は、
鴻上さんは もう、その時代 オピニオンリーダー だった、と。
すごい影響力あった、っていう話を聞いたことも ありますし。
そんな鴻上さんに、いろいろ聞いていきたいと思います。

鴻上さんは 1981年、劇団 第三舞台を結成、
1980年代の小劇場ブームの中心的存在であり、
カリスマ的な人気を誇りましたが、
2001年から10年間、劇団は活動を封印。
昨年末に 封印は解除され、
活動再開公演が、同時に 劇団の解散公演になることが発表されました。

東京での公演は、1月9日。 つまり、今日が最後です。
そのあと残すのは、1月15日の福岡公演のみとなります。

実は、この番組のディレクターも、作家もですね、第三舞台世代ということで、
それぞれ、東京と横浜での公演を見てきたそうです。

演劇だけではなく、映画、小説、エッセイ などで、
社会を鋭く切り取ってきた 鴻上さんに、
“明るい未来を考えるために・文化編” と題して、お話を お聞きます。

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒に お付き合いください」



(曲)
『トランジスタ ラジオ』 RCサクセション
PLEASE


岡田くん
  「お忙しいなか・・・」
鴻上さん
  「あ、いえ」
岡田くん
  「来ていただきまして、ほんとに ありがとうございます」
鴻上さん
  「とんでも ございません。 ありがとうございます」
岡田くん
  「今も、舞台中ですよね、第三舞台の・・・」
鴻上さん
  「ええ。 東京、最後ですね、今日で終わったということで」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「あとは、福岡公演を残すのみ、というふうに なりますね」
岡田くん
  「あー。 これ、あの・・・急に 聞いてもいいですか?」
鴻上さん
  「あ、どうぞどうぞ、急に 聞いてください」
岡田くん
  「10年間 休止されてたのを、なぜ 復活されたんですか?」
鴻上さん
  「10年間 休止、っていうか 封印するときに、
  10年 封印するぞ、っていうふうに 宣言したので。
  で、10年、経ったんですよ」
岡田くん
  「そのときに、なぜ 10年 封印するぞ、っていうのは・・・」
鴻上さん
  「あっ、それはね、2001年だったんですけど、
  ちょうど、劇団やって 20年 だったんですね」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「すごく ラッキーなことに、20年やっても お客さんは まぁ、来てくれてたし。
  だから、普通 20年やると、劇団が揉めて、組織的に封印されるか、
  お客さん 来なくなって、社会的に封印されるか しか ないんだけど」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「ほんとに ラッキーなことに、お客さんが来てくれてて、気がつくと 20年。
  で、第三舞台 って 結局、最大 8人ぐらいしかいない集団なので、
  その8人と 20年間やるってことは、もう、ツーと言えばカー っていうか、
  ほんとに、一言 言うだけで 全部 伝わってくれる、人間関係が出来たんですけど、
  それは、プラスに言えば、すごい いいことなんだけど、マイナスに言うと、
  演出家としての言葉が 痩せ細っていく、っていう意識が すごくあったんですね」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「それは やっぱ、蜷川さんとか見てて、
  他流試合の もう無茶苦茶な人、ステージに上げるじゃないですか、あの人は、
  ニコニコしながら。
  だから そういう、言葉が通じない人と、
  その、なんていうのかな、やる っていうことを お互い。
  俳優は俳優で、いつも 自分の特性をわかった演出をされてる、っていうのは、
  やっぱ、お互い 良くないと思ったんですよ。
  だから 20年経って、一人旅に お互い 出ようかな、っていうふうに、決めたんですよ」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「だから、解散するのは、10年前は なんか 嫌だ っていうか、
  なんか、20年やって解散 っていうのは、当たり前すぎるので、
  やっぱり、解散じゃなくて、10年間 まぁ お互いが それぞれ旅に出て、
  で、10年後に、その気になったら、
  もう一回 封印 解いて 復活しようぜ、っていうふうに宣言した」
岡田くん
  「うーん。 今回 その、メンバーは、ほぼ 一緒で・・・」
鴻上さん
  「ほぼ 一緒に。 去年の、ちょうど 10年目。 2011年に会えればよかったんだけど、
  やっぱり、劇場 押さえなきゃいけない とか、周りが やいのやいの言い出して、
  2009年ぐらいからかな? ぼちぼちと、一人ずつ会って、
  やる? みたいな話をして(笑)」
岡田くん
  「(笑) みんな、いいよ、って・・・」
鴻上さん
  「いやいや、様々ですよ。 待ってました、って ヤツもいれば、
  もういいんじゃないですか? このまま やめても・・・っていう ヤツも いるし、
  ほんと、様々だったんですよ」
岡田くん
  「筧さんは、どうだったんですか?」
鴻上さん
  「筧? 筧はね、やります、って言ったんですよ、筧はね」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「で、なんで 筧やるの? つったら、
  恩返しです、って 言うから」
岡田くん
  「おー・・・」
鴻上さん
  「何?それ。 喜んでいいのか悲しんでいいのか、どうなんだろう と思ったんですけど」
岡田くん
  「ハハハ(笑)」
鴻上さん
  「筧的には 動機はね、恩返し って言ってましたね」
岡田くん
  「ほんとですか。 僕は、高橋一生と・・・」
鴻上さん
  「あー、はいはいはい」
岡田くん
  「親友なんですよ」
鴻上さん
  「あらっ!」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「そうですか!」
岡田くん
  「ラジオで、こういうとこ 言っていいのか、わかんないですけど」
鴻上さん
  「いやいや、いいですよ、いいですよ」
岡田くん
  「僕、同級生で・・・」
鴻上さん
  「あっ、そうだ、堀越だ!」
岡田くん
  「そうなんですよ。 めっちゃ 仲いいんですよ。 昔から、仲いいんですよ」
鴻上さん
  「そうだぁ~、アイツね、言ってた。
  岡田のこと、言ってた。 言ってた、言ってた!」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「もう、高校時代、売れてて 悔しくて、みたいなこと言ってた」
岡田くん
  「アハハ(笑)」
鴻上さん
  「言ってた、言ってた!」
岡田くん
  「ずうっと、仲いいんですよ」
鴻上さん
  「あー・・・うん、そうですか~」
岡田くん
  「なんで・・・彼」
鴻上さん
  「一生はね、えーとね・・・」
岡田くん
  「彼はね、僕、天才だと思ってるんですよ」
鴻上さん
  「おぉ~ そうですか」
岡田くん
  「だから、すごい嬉しいんですけど」
鴻上さん
  「これ、3回目なんですよ、実は。 高橋一生さん、お願いするのは」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「最初の芝居の時に、ワンシーン、
  台の上で踊るシーン というか、踊ってほしいと思って、
  一生、踊ってくんない? って言ったんですよ、曲 流すから」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「普通だと、いや 踊るって なんですか? とか言うか、
  マネジャー 呼んで下さい、ってなるか(笑)
  振り付け師は どこですか? みたいなことに なると思うんだけど、
  一生は 『え? 踊るんですか?』
  『そうそう、適当にな、こんな感じで 踊ってよ』 って言ったら、
  本当に、こんな感じで、適当に踊ってくれたんですよ」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「あ、コイツ 打たれ強い、と思って、
  それで、それ以来の仲 っていうか」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「だから、無茶を聞いてくれる、っていう感じがありますね」
岡田くん
  「(笑)無茶を聞・・・」
鴻上さん
  「ええ」
岡田くん
  「嬉しいですね」
鴻上さん
  「あ、そうですか。 僕ら 劇団系なので、
  たぶん それは、ジャニーズは 別の意味で、無茶な集団なので。 つまり、ほんとにね、
  なんか面白いこと やって、とか。 もう その、なんていうのかな、
  真面目な新劇系の、演劇をちゃんと積み上げた人からすると、腰抜かすような、
  でも、もちろん、こっちは こっちで、深い理論は あるんですよ。
  あるんだけど、そんなこと言うのは 野暮だから、言わないんだけど、
  なんか笑かしてよ、とか、なんか やってよ、とかっていうことの、
  無茶振りに耐えられるヤツだけが 生き残って来た、っていうか」
岡田くん
  「僕は、あの・・・80年代って、こう、一生と同じで、10歳までしか なかったので、
  もろ、第三舞台を観て育ってたわけでは、もちろん ないんですよね」
鴻上さん
  「うんうん」
岡田くん
  「でも、この仕事やってると とか、
  例えば、第三舞台 って、伝説の こう 感じで・・・」
鴻上さん
  「まぁ、ありがたいことに」
岡田くん
  「知らないことは やっぱり無くて、すごかったとか・・・
  で、鴻上さんとかも、伝説になってるわけじゃないですか」
鴻上さん
  「ハハハハ!・・・そうねぇ」
岡田くん
  「オピニオンリーダー だった、っていう」
鴻上さん
  「はいはい」
岡田くん
  「僕とかは、演出家 っていうイメージが、やっぱ強いですけど、その・・・
  カリスマだった、って・・・」
鴻上さん
  「(笑)」
岡田くん
  「(笑) いうのを、すごい聞くんですよ。
  例えば、番組やれば・・・なんでしたっけ? あの、
  肘・・・ピザ、ピザ、ピザ」
鴻上さん
  「あー “10回クイズ” とか」
岡田くん
  「“10回クイズ” とか・・・」
鴻上さん
  「そうですね “究極の選択” も、やりましたね」
岡田くん 
  「“究極の選択” 作ったのも・・・鴻上さんとかですし」
鴻上さん
  「全ての業績の中で、一番 あれがメジャーだ、って言われて、腰が抜けたんだけど(笑)」
岡田くん
  「(笑)そんなこと ないですよね」
鴻上さん
  「いやいや・・・まぁ でも、大衆的ヒットとしては、やっぱり、
   “10回クイズ” と “究極の選択” を始めた、っていうか 当てたことが、一番、
  メジャーとしては あれですよね」
岡田くん
  「ご自身では、じゃあ、何・・・何ですか?」
鴻上さん
  「いや・・・(笑)」
岡田くん
  「ハハハ(笑) 恥ずかしい・・・言いづらいと思いますけど」
鴻上さん
  「いや、自分としては、やっぱ 演劇人ですから、
  第三舞台やったことが、やっぱり 一番だと思ってますけど」
岡田くん
  「第三舞台 ってのは、元々、あの・・・
  一の舞台が ほんとの舞台で、スタッフと 演者さんの舞台で、
  第二が客席だとしたら、
  第三というのは、それが混ざり合ったものが・・・」
鴻上さん
  「一と二が溶け合って、幻に出現する 第三舞台、っていうことなんですよ」


(曲)
『MORE THAN THIS』 10,000 MANIACS


岡田くん
  「伝説になって、鴻上さんがすごかった、っていうのが、
  当時、20代 だった っていうのが・・・」
鴻上さん
  「そうですね、20代でしたねぇ・・・20代でしたね」
岡田くん
  「何 考えて、生きてたんですか?」
鴻上さん
  「うーん。 何 考えて生きてた・・・でも、演出家になった以上は、
  俳優を絶対 食わずぞ、っていう使命感が すごく あったんですよね。
  舞台で食えないと、僕達は面白くない っていうか・・・」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「演劇人、って よく言ってたんですけど、
  演劇人なんだから、舞台で食えないと だめだろう、っていうのがあって。
  もちろん、テレビとかラジオで食えるのも、すごく大事なことなんだけど、
  まず、舞台のお客さんの数で 俳優達を食わせるためには どうしたらいいか、っていうことを、
  ずーっと、ずーっと考えてたんですよ」
岡田くん
  「うーん。 すごい責任を感じて・・・」
鴻上さん
  「そうですね。 だから、すごい老けてましたよ。 と思います、自分でも。
  だって、23歳の誕生日の時に、
  もう オレ、3か・・・って言ったら、みんな 33だと思い込んでて」
岡田くん
  「ハッハッハ(笑)」
鴻上さん
  「スタッフ達が。 いやいや 23ですよ、って。
  えーっ! って、みんなに驚かれたことが ありましたけど」
岡田くん
  「23て・・・だって今、結構 若い感じ するじゃないですか」
鴻上さん
  「そうですね。 まぁ、劇団 作ったのが 22でしたから。 22から 作ってましたから」
岡田くん
  「でも、学生ん時から・・・」
鴻上さん
  「そうです。 早稲田大学の演劇研究会 って中で、
  第三舞台 っていうのを、中で作ったんですよ」
岡田くん
  「うーん。 80年代 っていうのは、どういう時代でしたか?」
鴻上さん
  「どうなのかなぁ・・・たしかにね、バブルがあって、
  そういう面では、すごく いい時代だったと思いますね。
  いい時代 っていう意味は、映画を撮るのも 劇団も、お金があったから、お客さんは 結構、
  まず、絶対これが観たい っていうのを一個 押さえて、
  これが観たい っていうのを押さえたら、それ以外に あと二つぐらい、
  お金に余裕があるから観ようかな、っていう劇団だったりとか、
  映画で、作る側でいうと、これは コイツらに 絶対 撮らせたいんだけど、
  もうちょっと 予算あるから、コイツと コイツにも 撮らせようか、みたいな、
  そういう、文化的な無駄 っていうか、余裕 っていうか、
  それをすごく味わえた時代でしたよね」
岡田くん
  「逆に言うと、今は それが無い・・・」
鴻上さん
  「無いですね。だってもう 特に、映画業界も冷えきってて、もう ねえ、
  『SP』のスペシャルぐらいしか、もう なんか、ダメみたいなね」
岡田くん
  「いやいや、そんな・・・(笑)」
鴻上さん
  「いや、ほんとに」
岡田くん
  「そんなこと ないです」
鴻上さん
  「大変だと思いますよ、すごくね。
  で、演劇業界も、これは観る っていう、
  何があっても これは観る、っていうのは、昔から変わんないんだけど、
  それ以外の、もう一本 二本、なんか観ようと思ってた やつが、どんどん切られていくから、
  どんどん、若手で 可能性のあるような劇団が、いま一つ伸びないとかっていうのは、
  もったいないですよね」
岡田くん
  「うーん。 文化としては どうなんですかね、今・・・」
鴻上さん
  「今ですか?」
岡田くん
  「はい。 文化を作ってきた人じゃないですか、鴻上さんは」
鴻上さん
  「そうですね。 まぁ、もちろん、日本の文化において、去年のね、3.11 っていうのは、
  ほんとに、刻印されてしまったので、
  福島と、それからね、その後の 原発の問題 っていうのは、
  どう対応するか っていうのは、すごく、文化として刻印されましたけど、
  でも 実感として、まず変わったのは、1995年が すごく変わったというか、
  95年の 阪神淡路大震災と サリンのオウムによって、地下鉄の事件によって、
  それまで、不思議なもの とか、未知なもの とか、理解が非常に しがたいものに対して、
  みんな こう、積極的に理解しようとしてた流れが、95年から パタッ と変わった、っていうか」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「パタッ とね」
岡田くん
  「どう変わったんですか」
鴻上さん
  「つまりね、理解できないものに 拒絶反応 っていうか、
  95年を境に、SFが売れなくなって、推理小説の、東野圭吾さんの黄金時代が来るんですよ」
岡田くん
  「あー・・・はいはい」
鴻上さん
  「それは つまり、どんなに複雑に見えても、必ず 答えがある っていうものを、
  日本の国民が求め始めて、
  SFの、こんな 訳のわからない世の中で、なお 訳のわからん作品なんて、
  悪いけど 読んでる場合じゃないよ、って」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「95年まで っていうのは、僕らの書いた作品 っていうのは、一回観て わかんない時に、
  何が言いたいんだろう って、食らいつくような お客さんが、すごい多かったんですけど、
  95年を境にね、アンケートで、
  “一回 観てわからない作品を書くのは 失敗だと思います・・・18歳” とか、
  “一回 観てわからない作品を書く人は、才能が無いと思います・・・17歳” みたいな」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「じゃからしいわ~! みたいな アンケートが、ほんとにね 増えてきましたね」
岡田くん
  「あー・・・でも、そうかもしれないですね」
鴻上さん
  「はい」
岡田くん
  「作品としても、減ったかもしれないですね」
鴻上さん
  「減ってきましたからね。 だから ほんとに、一回 観て わかって 楽しめる、っていうものを、
  みんなが求める時代に、すごく、95年以降 なりましたよね」
岡田くん
  「それ、演出家としては どうなんですか?」
鴻上さん
  「それは もう、しょうがないですよね。
  つまり、昔だと、ちょっと謎めいたことを 舞台に提出すると、
  客席全体が こう、食らいつく っていう感じが・・・」
岡田くん
  「グッ~ と・・・」
鴻上さん
  「すごい、あったんだけど」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「あったんだけど、今は もう、ほんとに、
  何? っていう、その・・・ちょっとでも出すと、
  何? っていう感じに なるので、
  そこは もう、やっぱり、時代と対応するしかないので、しょうがないんですよね」
岡田くん
  「あー・・・」
鴻上さん
  「しょうがない っていうか・・・あのね、山下洋輔さんていう ジャズピアニストの人がいて」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「その人が、第三舞台を ずっと観てくれてて、
  なんか、企画、甘くない? とかって言ってたんですよ。 80年代でも ですよ。
  それで、洋輔さんの時代、どうだったんですか? って聞いたら、
  オレ達の時代は、だって、客席から 射るような目が飛んできてて、
  もう とにかく、ドシャ メシャの 前衛の フリージャズの、
  もう、これでもか、みたいなこと やんないと、
  許してくれないみたいな 時代だった、みたいなこと言うわけ」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「それで、コンサートで一回、学生運動の盛んな頃に、早稲田に呼ばれて、
  そしたら、大熊講堂の前に ピアノが置いてあって、
  で、演奏してくれ って言われたら、ちょっと待ってくれ って言って、
  ガソリンかけられて、火、燃え始めて、
  燃えてるピアノで演奏しろ、って言われて、演奏した っていうわけよ」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「洋輔さん、それ、熱くなかったんですか? って聞いたら、
  熱かったねえ って。 すごく間抜けな話なんだけど(笑)」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「それぐらい、昔は もっと、難解なものとか不思議なものとかね、理解不可能なもの。
  つまり、世の中を 丸ごと理解してやれ、みたいな 熱があって、
  で、難解だから どうした、みたいな感じが すごく あったと思うんだけど、
  それが、僕らの 20代でさえも、それが減ってきた っていうふうに、
  上の世代から 言われてたのが、
  今は、もっと もっと増して、減ってきて、
  それは たぶん、9.11 の、アメリカのテロと、それから去年の 3.11 で、
  もう一つ 加速された というふうに、すごく思いますね」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「とにかく、世界は理解できるもので あってほしい、っていう、
  それは つまり、裏からいうと、
  世界は理解不可能だし、悲惨なことが 平気で起こって、
  で、世界 っていうのは もう、ほんとに、
  ほほ笑みは しないんだ っていうのが わかるからこそ、
  作品としては もう、頼むから、一時でいいから、
  理解可能な世界を提出して、っていう願いが すごく あるんだと思う」


(曲)
『THE DAY DREAM』 DEF TECH
UP>


岡田くん
  「日本人は、そうなるじゃないですか。
  まぁ、崩壊しましたけど、バブルも ワーッ て、ワハハハ って 経験して、
  贅沢も 経験して」
鴻上さん
  「(笑)うん」
岡田くん
  「タクシー 乗るのに・・・」
鴻上さん
  「1万円をね」
岡田くん
  「1万円を こうやって(笑)」
鴻上さん
  「振ってね」
岡田くん
  「振ってた。 僕は知らないですけど(笑)そういう、あの、
  子供の頃、なんとなく覚えてる・・・」
鴻上さん
  「あのね、振ってるというより、
  1万円を両手で支えて、拝む っていうのが多かったんだよね(笑)」
岡田くん
  「(笑)」
鴻上さん
  「止まってくれ、つって」
岡田くん
  「そういう、なんか まぁ、
  オラ~! 経済大国だ! っていってたのを経験してると・・・」
鴻上さん
  「逆に 聞きたいのは、
  そういう バブルの記憶、あんまり無いんでしょ?」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「もう、物心ついたら、不況なわけでしょ?」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「そういうことは つまり、堅実な人生を選ぶ っていうこと? 貯金とか・・・」
岡田くん
  「僕ら世代は、ですか?」
鴻上さん
  「そう、僕ら世代は。
  中間? 僕ら世代は」
岡田くん
  「僕ら世代は・・・使わなイカン、と思ってるんですけど(笑)」
鴻上さん
  「(笑)まだ、使わなイカン と思ってる」
岡田くん
  「イカンと思ってる タイプの世代、だと思います」
鴻上さん
  「ギリギリ ね」
岡田くん
  「僕の下 とかは、わかんないですけども」
鴻上さん
  「それは、だって、22~3 とか、よく言うのは、
  卒業旅行とか行けよ、って言ったら、
  いや、バイトしますよ、っていうさ。
  だって 就職しても、いつまで続くか わかんないんだから、
  卒業旅行で海外とか、何 言ってるんですか、っていう さ、
  もう、3月末日まで バイトしますよ、みたいなさ」
岡田くん
  「もう、そういう感じですね」
鴻上さん
  「そう。 20代の前半とかね。
  でも 僕らは、バブルを堪能した側としては、
  バブルの中にいても、これは異常だ とは思ってたよ」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「六本木なんて、タクシー 朝の5時ぐらいまで つかまんなかったんだもん、
  異常だよね、と思いましたよね。
  だから、あと ほんとに、ちょっと、僕なんか 意見を求められて、
  ちょっと 2時間 喋って、札束がズッシリ 30万とかさ。
  いや、だから アイディア出しただけですけど、みたいなさ。
  やっぱ、物心 っていうか、20代の生意気盛り だったけど、
  でも、この仕事は おかしい、と思ったよね」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「これは やっぱり、バブル だよね、って。
  だから、やがては・・・やがては、これは行き詰るんじゃないか? と思ってましたけどね」
岡田くん
  「うーん・・・これからの日本は、どうなっていく・・・(笑)」
鴻上さん
  「アハハハハ!」
岡田くん
  「ちょっと 難しいかな? 難しい・・・」
鴻上さん
  「なんちゅう(笑) いや、難しいんじゃなくて、
  なんちゅう 大雑把な質問・・・」
岡田くん
  「すいません。 大雑把 で申し訳ないんですけど」
鴻上さん
  「とんでもないです。
  あー・・・なんか、一生と、話が合いそうな感じだ。 理屈っぽい」
岡田くん
  「僕ですか? 全然、理屈っぽくないです」
鴻上さん
  「ほんと?」
岡田くん
  「ほんとです」
鴻上さん
  「理屈っぽく なりたいと思ってる?」
岡田くん
  「思ってないです」
鴻上さん
  「思ってない?」
岡田くん
  「30越えて、もう どんどん、ラフに なってきました」
鴻上さん
  「20代、理屈っぽかった?」
岡田くん
  「理屈っぽくも ないですよ」
鴻上さん
  「一生 って、だってさ、彼女に説教しちゃう みたいな感じ、あるじゃない」
岡田くん
  「あー、どうなんだろ・・・」
鴻上さん
  「付き合ってる女に対してさ、お前はさ! って」
岡田くん
  「一生は・・・アイツは、たぶん 時代が違ったら、
  ほんとに、あの・・・革命家になってるような(笑)」
鴻上さん
  「アハハハ!」
岡田くん
  「哲学者に なってるような」
鴻上さん
  「あー! 理屈っぽさ」
岡田くん
  「ウァ~! って・・・昔は そうなんです。
  でも、だいぶ 丸くなりましたけど」
鴻上さん
  「丸くなった、丸くなりましたね」
岡田くん
  「年も重ねて、だいぶ あれに なりましたけど」
鴻上さん
  「あっ、じゃ、一生ほどは 理屈っぽくないんだ。 あ、良かった 良かった」
岡田くん
  「ぜんぜん、理屈っぽく ないです」
鴻上さん
  「それは、良かったです」
岡田くん
  「なんですか(笑)」
鴻上さん
  「いやいや(笑)ああいうのが 二人いたら、面倒くさいな と思って」
岡田くん
  「いやいや(笑)
  あの・・・なんか、わかり易さとかも そうですけど、
  正当な・・・じゃあ、うーん どうしよう、
  正当な ものに、正当な評価が下る 時代ですか?」
鴻上さん
  「ま、それは どうだろうなぁ・・・昔から、だってねえ」
岡田くん
  「難しいかな。 昔から、そうなんですけど」
鴻上さん
  「うーん、昔から。 だって、何が正当なのかは、わかんないしね」
岡田くん
  「例えば、一生とか(笑)
  オレは、アイツ、天才だと思ってるので、
  アイツは、正当な評価を受けてもらいたいんですよ」
鴻上さん
  「おー・・・」
岡田くん
  「と、思うんだけど。 で 例えば、僕が思うとするじゃないですか。
  すごいヤツだなぁ と思うし。
  それと同じで、例えば こう、観る人、好きになる人、いろんな人、
  私 これが好き、あれが好き、って なっても、それが そんなに、評価を受けてないと、
  あれ? 間違ってんのかな、って・・・」
鴻上さん
  「あー、なるほど」
岡田くん
  「思う人も、もしかしたら いるかも・・・」
鴻上さん
  「そうですね、それは あるでしょうね。 でも、どうだろうなぁ・・・
  時代の風 とか 窓として、はまるか はまらないか っていうのは、すごく おっきいわけだから、
  その風が まだ吹いてないから、っていって 腐っても しょうがないというか、
  まぁ それは もう、そのまま やり続けていく なかで、
  時代の風が当たるかどうか、っていうのを もう、
  秋元さん的に、時代の風を吹かすんだ、っていうのが、
  成功例を見ると、時代の風は吹かせられると思うかもしれないけれども、
  本来は、時代の風とかは 結果論なので」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「それこそ あれですよ、80年代末期から 90年代、95年前、92~3年かな?
  すごく面白い芝居がある、っていう評判が来て、
  100人くらいの ちっちゃい小屋に 観に行ったら、
  その当時の、横澤さんて 『ひょうきん族』 のプロデューサーと、
  それから、伊地智さんて 『あぶない刑事』 とかを当てた プロデューサーが、
  100人ぐらいの小屋の中にいて、二人で おぉ! って言って、
  もう なんか、早耳ですね、みたいな。
  どうしたの?
  いえ、面白い っていうから、観に来たんだよ、って。
  それで、観終わった後、3人で、
  まぁ 面白かったけど、劇場に来るまでじゃないよねえ、って。
  うん、そうだよね、これは まぁ、
  別に テレビで いいんじゃないの? って言いながら 帰って行ったのが、
  三谷幸喜さんの 『12人の優しい日本人』 っていうやつなの」
岡田くん
  「へぇー」
鴻上さん
  「だから、100人ぐらいの小屋で、
  面白かったけど、まぁ、ニール・サイモン てのも いるし、
  そんなに まぁ、騒ぐほどじゃないよね、って。
  完全に、だから、時代の風が来なかったわけです」
岡田くん
  「あー・・・」
鴻上さん
  「それが 95年 過ぎて、三谷さん的な、
  どんな価値観を持っていても 楽しめる、っていうものに、
  完全に、時代の風が来たんです」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「それは、三谷さんが劇団名にした 『サンシャインボーイズ』 を書いた、
  二ール・サイモン ていう、アメリカの有名な劇作家は、なんで当たったか っていうと、
  それこそ もう、黒人も 白人も ヒスパニックも エイジアンも、
  いろんな、人種の違う人達が 同じ劇場にいて、みんなが腹を抱えて笑ってる、っていうのは、
  アメリカ人が見たら、
  あぁ、アメリカって バラバラじゃないんだ、っていう、
  アメリカ って、みんな同じ アメリカ人じゃん! っていうようなことを、
  共同体の ノスタルジーとして 与えてくれた、っていうことが すごく その、
  バラバラな国 アメリカにとって、二ール・サイモンは 必要だったわけですよ」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「ただ、いま 三谷さんが これだけ当たってる っていうのは、
  やっぱり、日本人が ようやく みんな、バラバラに なり始めて、
  誰が観ても、大前提として 三谷作品を楽しめる っていうことを、
  やっぱり、風が当たったんだと思うよね」


(曲)
『DAVID』 YANOKAMI
yanokami


岡田くん
  「わかりやすいものが評価されるのって、どうですか?」
鴻上さん
  「それはね、でも やっぱり、クリエーターとしての プライドと、作りたいもの っていうのは、
  なにも、わかりやすいものを わかりやすいまま提出することを、
  したいわけでは、やっぱ ないのね。
  やっぱり その、世界 って、でも 9.11 が起こる前、それから 阪神淡路も、それから 3.11 も、  前も後も、実は そもそも、世界がわかりにくいのは、わかりにくかったわけで」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「別に、あの時期、地震があったから わかりにくくなったわけでもないので、
  わかりにくかったものが、わかりにくいと露呈しただけのことなので、
  世界 って でも やっぱり、だから、ほほ笑まないけど、なんとか理解しようとして、
  でも、わかりにくい 理解不可能な部分も あるんだぞ、っていう作品を、
  ちゃんと 提出したいなと、僕は すごく思ってるんですよ」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「それが だって、世界の実相 っていうか、ほんとのことなので、
  そこで、嘘のメルヘンを売っても しょうがないし、
  甘すぎるファンタジーを売っても すごく しょうがないよな と、僕は思ってる って感じです」
岡田くん
  「うーん。 今回の、どういう話に・・・」
鴻上さん
  「これは 『深呼吸する惑星』 って タイトルなんですけど、完全に SFで、
  ある惑星が舞台で、その惑星の 地元の人達と、地球連邦軍と呼ばれる人達との、
  葛藤をベースにした話 なんですね」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「で、まぁ、観ると、現代の 今の日本を すごく重ねてる、って 言う人もいるし、
  そういうこと関係なく、楽しかった って 言ってくれる人もいるし、
  やっぱり 作品て、スローガンでは ないし、政治的な何かでは ないので、
  これが例えば、ある人によっては、反原発の作品に読めるかもしれないし、
  ある人にとっては、すごく楽しいだけの話に読めるかもしれない。  
  それはね、すごく大事なことだし、大切にしようと思ってるんですよ」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「あなたが観る レベルによって、この作品の レベルは決まる、っていう感じ」
岡田くん
  「あのー・・・鴻上さんの代表作でも あると思うんですけど 『天使は瞳を閉じて』
天使は瞳を閉じて クラシック版



      




  これは、ロンドン公演も されて、帰って来たものですけども、
  これは、原発の メルトダウンによって滅びた人類が、街を再生するけども、
  再び 悲劇的な破滅を繰り返す、っていう 作品で、
  この番組の構成作家の人が」
鴻上さん
  「おっ」
岡田くん
  「舞台作りに入る きっかけとなった・・・人生、変えてますからね」
鴻上さん
  「(笑)」
岡田くん
  「素晴らしい仕事ですよね、人生 変えることができる・・・」
鴻上さん
  「いや、どうですかね。 大変かもしれないですよ、そんなね」
岡田くん
  「これは、当時 考えてたことと 今の状況が、
  似ている っていうことも、あるとは思うんですけど」
鴻上さん
  「そうですね。 去年の夏に再演したんですよ、久しぶりにね。 すごい何年振りかで。
  再演するときに、再演を決定したのは、もう一年、前だったので、
  まさか そんな、原発の事故が起こるなんて 思ってなかったんですけど、
  再演を決めて、周りから、
  だから決めたんですか? って言われて、びっくりして、
  それで、ほんと偶然だったんですけど、なんでしょうね。
  でも、アーティスト っていうか、作家の 一つの使命 って、
  なんか、未来を予測する っていうか、なんか こう、
  未来の、やがて来るべき 何か ある、悲劇だったり、問題だったりを、
  事前に伝えたり、表現することも、仕事の 一つじゃないかな と思いますからね」
岡田くん
  「うーん。 まぁ、あの・・・社会的なこととか いろいろ全部 抜きにして、今後、
  テーマが “明るい未来を考えるために・文化編” っていう・・・」
鴻上さん
  「あ、今回のね、番組のね」
岡田くん
  「テーマ なんですけど(笑)」
鴻上さん
  「はいはい、はい」
岡田くん
  「明るい未来・・・
  なんか、いろいろ縛られると、言うことも 難しくなっちゃうかもしれないので」
鴻上さん
  「明るい方向に フォーカスしないと、生きていけませんからね。
  暗い 暗い、なんて言ってても しょうがないわけだから。
  インターネットが 間違いなく 今の時代を変えたことは、はっきりしてると思ってるんですね」
岡田くん
  「はい」
鴻上さん
  「それは、すごく簡単に 慰められる時代に なっちゃった、っていうが・・・」
岡田くん
  「慰められる・・・」
鴻上さん
  「うん。 つまり、昔だったら、人恋しくなったら 出掛けるしかなかったんだけど、
  いわゆる、例えば ブログを書いたら、簡単に コメントがつくとか、
  Facebook で、いいねボタンを押してもらえる とか、
  それから ツイッターで、簡単に ツイートが返って来る とかね。
  だから、すごく孤独・・・悪く言うと、孤独の質が薄くなったんだけど、
  でも プラスに言うと、そんなに深くない、
  弱いもので 自分を支えられるようになった、っていうことだと思ってるんですよ」
岡田くん
  「うん・・・」
鴻上さん
  「つまりね、あんまり未来が無い と思うと、もう一回、懐古したがる人達 っていうか、
  世間みたいな、古き良き日本 っていうのを すごく持ち出したがる人が たくさん出てきて。
  で、古き良き日本を 持ち出す人達 っていうのは、
  もちろん それは、右翼的な ってことじゃなくて、
  例えば、インターネットを検索して、
  飲酒運転をした、っていうことを書いてるブログを見つけたら、
  全員で祭りにして、実名を晒す とかね。
  ある モラル的なものを復活させようとしてる人達がいて、
  それは、かつての非常に、共同体というか、
  隣近所がはっきりしていて、世間が強かった時代に戻ろう という、
  インターネットの 力 を借りて、戻ろうとしてるし、
  マスコミも 実は、ちょっと なんか問題あると、全員が袋叩きにする っていう、
  実は、世間を強化させる方向に 動いてるんだけど、
  でも、もう 世間は、どんなに頑張ったって、
  みんな ここまで バランバランになってるんだから、
  かつてのような、お米や お塩や 醤油を借り合うような 共同体の復活は、もう無いと思う」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「無いんだけど、昔は 世間が人々を支えていたから、
  どんなに苦しい時代でも、前向きに 行けたんだけど、
  今は、その 支える世間が無い分だけ、もっと弱い 緩やかな、ほんとに脆い、
  例えば、ツイッターで出会える人だけの会話 とか、Facebook の いいねボタン だけでも、
  そもそも、自分を支えるものの弱さを知りながら、
  でも、それを複数 持つことによって、
  つまり、昔 世間は 一個しか なかったので、その世間に入っていれば、自分を支えてもらえる。
  それは 例えば、絶対 揺るぎない、潰れない会社 だったりとか、
  非常に強い、地域の結びつき だったりとか、すごく強い 家族だったりするんだけど、
  もう 会社も、いつ潰れるか わかんないし、地域は バラバラだし、
  家族だって、どうなるか わかんない って時に、
  なんだか非常に、これは すごく脆いんだよ、って思えるものの からくりをわかっていながら、
  自分を支える っていうものを 複数 持って行く、っていうのは、
  案外、これから先、明るい未来を作っていくために、一番 有効 というか、
  具体的に効果のある方法なんじゃないかな、っていう気が、すごく するんですよ」


(曲)
『太陽の破片(LIVE VERSION)』 尾崎豊
WEDNESDAY~LOVE SONG BEST OF YUTAKA OZAKI


岡田くん
  「個人が 強く 深くなる っていうことは無い、っていうことですか?」
鴻上さん
  「うーん。 この時代、益々・・・益々 っていうかね、世界中 見ても、
  強く 深くなってる 個人 って いないんだよね、ってのが あって、
  つまり・・・アメリカなんて見ると ほんとに、宗教が代用してる というか、
  だから、日本だと 炊き出しなんて、週に一回みたいなイメージだけど、  
  向こうは 教会、それも 福音派と呼ばれる、すごく敬虔な、一番 信仰の深い 教会は、
  一日三食を 何百人に向かって出してたりするわけですよ」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「ていう その、やっぱり、何かで 人間は、支えなきゃいけないんだけど、
  それを日本人は、宗教を持ってない分だけ、なんか こう、
  これは弱いんだ って思って、支える っていうこと。
  もちろん、自分も強くあろうという 決意をすることは、大事なんだけど、
  まぁ でも、強くなることだけでは、なかなか支えきれないだろうな、っていう感じですよね」
岡田くん
  「うーん。 支え合う コミュニティーが、薄い っていうことですね」
鴻上さん
  「そう。 それは もう、強いコミュニティーとしては、持てないだろうと。
  例えば 隣近所がね、会話・・・今回の震災の後でもね、
  実は 案外、都会でも、揺れたから出て来て、初めて 隣の人を見たみたいなね、
  ことが起こってきてるんですよね。
  で、初めて みんなで喋り始めて、やっと 輪が出来はじめるんだけど、
  そういう輪が出来はじめると、
  必ず、かつての 世間型の コミュニケーションを求める人が出て来るのね」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「毎週、じゃあ、海に行きませんか とか、ちょっと、話 聞いてくれませんか、みたいな。
  でも、そういう濃密な人間関係が嫌で、
  オレ達は 都会のマンションに住むように なってきたわけで、
  田舎から脱出して来たわけだから、
  そうすると、そういう なんとなく、なんとなくの コミュニティーがありながら、
  でも、半分は そこで 自分を支え、
  あとの半分は、例えば 絵画教室に行って 絵を描くことで 自分を支える、とか。
  例えば あとの半分は、Facebook で 海外の人の、
  知り合った人との 書き込みで 支える とかっていう、
  なんとなく、それぞれを支え合っていくと、行けるんじゃないかなぁという感じ」
岡田くん
  「じゃあ もう、浮かれた時代は 来ないですか? 80年代みたいな」
鴻上さん
  「ハハハハ!
   経済的にね。 経済的に豊かになんないとね」
岡田くん
  「でも やっぱ、経済的に豊かになんないと、浮かれた時代は来ないですね」
鴻上さん
  「来ないですよ。 そりゃ だって、就職しなくたって なんとかなる っていう、
  大学生が全員、能天気にならない限りは、それは無理でしょう」
岡田くん
  「自由な発想ができる 世の中、っていうのは・・・」
鴻上さん
  「だからね、浮かれた・・・浮かれは、ないんだけど、でも、そういうふうに言ってると 結局、
  自分にとって、何が幸せなんだろう、っていうことを考える時代は来ると、
  来なきゃいけないと思ってます。
  それはね、イギリスなんかだと、
  ニューヨークもそうでしたけど、特に、イギリスなんかは、不況の時代 って、
  銀座みたいな 一等地に、リサイクルショップがあるのね」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「あったんです。 それは、サッチャーの不況の時代とか、80年代から。
  あの当時、イギリス、大不況でしたから、
  ほんとに、不況 って こういうことだ、っていうくらい、
  銀座の 一等地の中に リサイクルショップがあって、それが賑うぐらいの、
  ほんとに、貧富の差が激しくなったんですね。
  日本は 今、経済的にしんどい って言っても、そこまで、実は まだないわけで、
  みんな、一点豪華主義の金は 持ってるわけで、
  そのなかで、イギリス人が見つけた方法、
  ヨーロッパ人、みんな そうですけど、見つけた方法 っていうのは、
  結局、自分にとって 何が幸せなのか っていうことを それぞれが考えざるを得なくなって、
  お金が無いから。
  そしたら 例えば、私は ガーデニングが趣味です、って言ってる人のとこを訪ねて行くと、
  ほんとに、ペットボトル半分に切って 並べてたり とか、
  バケツを切って 並べたりするわけですよ。
  こんなの日本だと、恥ずかしくて ガーデニングと言えないようなものを、
  ガーデニング って呼んで、嬉々として 手入れするし 紹介するのね」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「それから、ある人は、図書館で毎週末、推理小説を借りる、っていうのが 自分の、
  50代以降の人生の 幸福なんだ、っていうことを もう、堂々と決めて やってる とか、
  これ 両方とも、ほんとに お金が掛んないわけで」
岡田くん
  「それ、できるように なりますかね」
鴻上さん
  「うーん」
岡田くん
  「みんなが ですよ。 みんなが、つったら 変だけど・・・」
鴻上さん
  「でも、お金が無いから、
  イギリス人だって ほんとは、したくなかったんだけど、ヨーロッパ人も そうだけど、
  お金が無いから、やらざるを得なかったわけで。
  だから、年収 200万から300万ぐらいの中で、なんとかするか って時に、
  そういう、自分なりの楽しみを見つけていく、っていうことだと思いますけどね」
岡田くん
  「日本人て、例えば お金が無いとなると、文化に お金 使うような 民族ですかね?」
鴻上さん
  「いや、違うでしょうね。 でも、自分なりの楽しみだから、それは だから、うん、
  一点豪華で いいわけですよ。 だから、それこそね、コンサートだけは行く、とかさ。
  あとは 全部、貧乏してるんだけど、岡田さんだけは追いかける、とかさ。
  そうなると 一点豪華主義で、わりとよく ヨーロッパで ある話 っていうか、
  ワインだけは すごい こだわるけど、あとの食いものは 全然ない とかね」
岡田くん
  「うーん」
鴻上さん
  「ヨーロッパ っていうのは、基本的に、
  特に、イギリスが激しいですけど、MD って 受け入れなかったんだよね」
岡田くん
  「へぇ~」
鴻上さん
  「CD から、今ようやくね、まぁ いわゆる ハードディスク っていうか、USB とかに なってて、
  MD は、普及しなかった。
  それは、だって CDがあるんだから、なんで MDがいるわけ? っていうふうに、
  みんな、拒否したんですよ」
岡田くん
  「うん」
鴻上さん
  「それは つまり、いいじゃん みたいな。
  でも、オレ達 日本人は、すごく こう、毎回 新しいものを律儀に やっていくから」
岡田くん
  「そうですよね」
鴻上さん
  「もう いいじゃん、みたいなね。
  つまり、何が 一体、幸せなのか、っていうことを、僕達 日本人は、すごく 今まで、
  まぁ、ようやく 減ってきましたけど、流行に すごく敏感に、なんとなく その、
  NOW であることの強迫観念が まだちょっと、残ってるので、まだ 引っ張られるけど、
  自分にとって、何と テレビが宣伝してようが、ラジオで いくら言われようが、
  何が 自分にとって幸せなのか、っていうことを、
  ゆっくり考える時代が始まった、と思いますね」


(曲)
『ALL I WANT IS YOU』 U2
ザ・ベスト・オブU2 1980-1990



(対談が終わって、岡田くんの感想)

「さあ、ということで、鴻上さんと お話しをさせていただきました。
面白い人ですよね。 なんか、こうやって 話をするのも、すごく面白かったですし、
まぁ あの、2012年 一発目の放送ですから、
やっぱ こういうふうに、人生 楽しめよ、と、
生きること 楽しめよ、って、こう、言ってもらえるのは、すごく ありがたいですよね。
なんか、あってるかどうか、全然わかんないですけど、
今、ふと思いついた言葉で、なんか よく、昔 こう、
“頑張って、って 言えない。 だって、あなた 頑張ってるから”
みたいな言葉 って、流行ったじゃないですか。
流行った、っていうか・・・頑張って、って 言えないよな、みたいな。
言っちゃいけないよな。 だって 頑張ってんだもん、アイツ・・・
みたいな時代 って、あったじゃないですか。
あの・・・気持ちは わかるんですけど、
僕は、あ そうだよね って、
でも、頑張って って言いたいなら 言えばいいのに、って 思うんですよね、僕は。 年を重ねて。

頑張ってんだよ、って言われたら、
それは わかってるよ、でも 伝えたくて、 
頑張って、って 伝えたくて、それしか出来ることがなくて・・・って 言えば いいじゃないですか。
それしか、僕に 今、あなたに言えることがないから、頑張って、って思ってるから、
向こうに、オレは頑張ってんだよ! って言われたとしても、
伝えたかったんだ、ごめんね、って 言えばさ、いいことじゃないですか。

みんなで頑張ろうぜ、って、あの(笑) すごく思いますけどね。
こう、大変だ、とかって言ってる 相手の気持ちを考える、っていうことも すごく大事だし、
それは、すごく思いますけど、なんか こう、
前、向けないよね って、みんなで こう、思ってる時代なんであれば、ねえ、
みんなで頑張ろうぜ! って。 オッシャ~!やってやろうぜ! って、声 出して、
難しく考えずに、シンプルに、
何が大事で、大切にしていくものを大切にしていって、っていうのを なんか、
鴻上さんが おっしゃってたのかなあ って、勝手に、僕が思ってただけなんですけど、
もしかしたら 違ったら すいませんが、
なんか そんなことを言われてるような気が、僕は してました」


(曲)
『プラネットマジック』 N'夙川BOYS
PLANET MAGIC (通常盤)




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