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2011/9/11 on air  「アートが社会にできることって何ですか?」              (guest)  相馬千秋さん



(オープニング)

「こんばんは、岡田准一です。 今夜も始まりました 『Growing Reed』
この番組では、毎週 一つのテーマの専門家をお呼びして、徹底的に質問。
番組の終わりには “考える葦” として、
僕も、みなさんと一緒に、成長したいと思います。

今日のゲストは、
9月16日から開幕する 『フェスティバル/トーキョー』 の プログラムディレクター、
相馬千秋さん です。

『フェスティバル/トーキョー』 というのは、
2009年に始まった、日本最大の 舞台芸術の祭典で、今回で、4回目の開催。
世界に通用する 舞台芸術祭 として、
明確な コンセプト と、主張のある 斬新な プログラムで、
演劇界や ダンス界の枠を超え、大きな話題を獲得しています。

その コンセプト や プログラムを 第一回目の開催から ディレクションしているのが 相馬千秋さん。
1975年生まれということは、30代の半ばで それだけ大きな仕事をなさっているんですよね。
一体、どういう経歴の持ち主なんでしょうか。

いやぁ、ねえ、ほんとに、どういう人なんでしょうか。
結構、ほんとに大きなもの なんですよね。
きっと、何億という、まぁ、下世話な話ですけども、何億というものを、
お金がかかってる中での、ディレクションをしてるのが、
まぁ だから、35、6歳の女性。 これは ほんとに、気になります。

いろいろ ヨーロッパから、いろいろな作品を持って来たりしているので、
まぁ、ネゴシエーター なのかなぁ・・・
大変だと思うんですよ。 結構、海外の人と、
これ持って来たいんだけど、っていうのもね、
大変な仕事をなさってる ということで、いろいろ そういう難しい面だったりとか、
どういう思いで、舞台芸術、社会に関わっていきたいのかを お聞きしたいと思います。

えー、今日は ですね、
“アートが社会にできることって何ですか?” をテーマに、お話を お聞きします。

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒にお付き合いください」



(曲)
FANTASTIC PLASTIC MACHINE 『I THINK』
FPM


岡田くん
  「やっぱ、お若いですね」
相馬さん
  「(笑) 恐れ入ります」
岡田くん
  「(笑)恐れ入ります・・・
  いやあ、なんか やっぱり、バリバリ、ねえ、やられてる って、こう、聞いてるし、
  写真で見ても、
  やってます! って感じの・・・」
相馬さん
  「そうでしたか?(笑)」
岡田くん
  「働いてます! っていう感じの(笑)写真が多いですけど、
  でも、柔らかそうな感じの方 ですよね」
相馬さん
  「いやぁ、それは 見かけだけかもしれませんけれど」
岡田くん
  「あ、ほんとですか? いや、わかってますよ。
  こんだけ大きな 『フェスティバル/トーキョー』 を ディレクションして、仕切ってるんですから」
相馬さん
  「いえいえ、そう言っていただけると 嬉しいんですけれど、
  実際、『フェスティバル/トーキョー』 というのは、大きい といっても、
  3億円ぐらいの規模の フェスティバル で、いらっしゃる方も、7万人ぐらいなので、
  それこそ、ジャニーズの やってる コンサートとか、
  そういうものに比べたら、とっても、規模は小さいと思います」
岡田くん
  「いやいやいや・・・それは ちょっと(笑)比べるのが違いますよね」
相馬さん
  「ごめんなさい、のっけから・・・(笑)」
岡田くん
  「アハハハ(笑) これは でも・・・これですよね、
  東京文化発信プロジェクト、っていうことは、東京都の、あれで やっているんですよね」
相馬さん
  「そうですね。 東京都が大本に あって、
  東京都の文化政策の一環で、こういう アート、文化の プロジェクトを支援しようと・・・」
岡田くん
  「こんだけ 大きいもの、って。
  これ、4回目でしたっけ? いま やられてるのは」
相馬さん
  「はい」
岡田くん
  「その前 って、あったんでしたっけ?」
相馬さん
  「演劇の ジャンルでは、無かったと思いますね。
  もちろん 過去には、そういうものが 生まれては消えていったわけですけれど、
  『フェスティバル/トーキョー』 が できた時には 無くて、
  これが いま、日本で最大規模の 舞台芸術の フェスティバル です」
岡田くん
  「なんで、これをやろうと思ったんですか?」
相馬さん
  「まぁ、私がやります、って言ったわけでは ないんですけれど(笑)」
岡田くん
  「はい」
相馬さん
  「元々、私、フランスに留学していて、日本に帰って来てから、
  『フェスティバル/トーキョー』 の前身になる、
  『東京国際芸術祭』 という イベントを組織している 組織に入社しまして、
  そこで、いろんな仕事をさせていただいたんです。
  その中で、海外の プログラムですとか、いろんな経験をして、それで。
  ただ それは、とても小さな規模の フェスティバルだったので、
  いろんな、経営上の問題とかが あって。
  ところが、東京都が オリンピックを誘致するのに合わせて、
  文化事業を推進しようということになり、その流れで、
  じゃあ、いままで フェスティバルをやってきた組織にですね、
  大きな イベントをやっていただこうじゃないか、ということで、私が、 
  まぁ 若いし、なんだか 生意気そうなので、やってみないか、というような・・・」
岡田くん
  「その前、やられてた方は、名前、なんでしたっけ? 伊藤さん、じゃなくて・・・」
相馬さん
  「市村?」
岡田くん
  「市村さん・・・が、
  全権 任せるよ、って言って、相馬さんに渡して」
相馬さん
  「そうですね」
岡田くん
  「それも、すごいですよね」
相馬さん
  「うん、そうなんです」
岡田くん
  「若いヤツが これ、やらなアカン って言って・・・アカン とは、言ってないかもしれないけど(笑)
  大阪人じゃないですよね(笑)」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「やらなきゃ ダメだよ、って言って。
  まぁ ヨーロッパとか、普通に 30代が ディレクション やってるから、
  日本も 若い人が やらなきゃいけない、って言って、相馬さんに 全権を渡した、っていうのは・・・」
相馬さん
  「ねぇ」
岡田くん
  「そこに、どんな ドラマがあったんですか?」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「ハハハ(笑)すごいことですよね?」
相馬さん
  「まぁ、市村は・・・いきなり、その話も すごいんですけど、
  市村は、もともと やっぱり プロデューサー で、
  例えば、山海塾 とか・・・世界的に活躍している、日本の 舞踏団ですね」
岡田くん
  「はい」
相馬さん
  「を、プロデュースしたり していたんですけれど、
  彼が 国際的な仕事をする中で、やっぱり、こういうフェスティバル、
  しかも、社会に問題提起をしていくものであれば、
  社会に対して、言いたいことが少ない、まぁ 年寄り よりも、若い、元気な人に、
  いろいろ発言をして 動いてもらいたい、という ビジョンを持ってたんですね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「で、私が 入社して 3年目ぐらいには、
  もう、次の ディレクター、お前がやれ、っていう感じで ですね、発破を掛けられていたんですよ」
岡田くん
  「うーん」
相馬さん
  「彼としては、アーティスト だけじゃなくて、プロデューサー を プロデュースする?
  そういう ビジョンが あったんだと思うんですけれど」
岡田くん
  「でも、相馬さんに、ねぇ、すごい 感じたんでしょうね」
相馬さん
  「いやぁ、どうでしょうねえ・・・」
岡田くん
  「コイツ できんな、っていうのが無いと」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「普通に 『お前 やれよ』 っていうのは・・・」
相馬さん
  「いや、たくさん、何十人も職員がいて、その中から 『お前!』 って 言うわけじゃなくて、
  ほんとに 2~3人ぐらいしか いなくて、
  とりあえず お前、みたいな感じだったと思うんですけれど(笑)」
岡田くん
  「でも、1回目から、すごい 大盛況で、っていうことですよね?」
相馬さん
  「そうですね、おかげさまで」
岡田くん
  「なんでしたっけ? あの、
  相馬さんが 1回目から、中東の方のかた とかを 呼んだんですよね?」
相馬さん
  「中東の仕事をしていたのは、
  『フェスティバル/トーキョー』 の 前身の フェスティバル だったんですけれど、
  東京国際芸術祭 ですけれど、
  たしかに そこでも、すごく いろんな経験をさせてもらって、
  例えば、現代美術作家の 椿昇さんて、ご存知かしら・・・
  2001年の 『ヨコハマ トリエンナーレ』 の時に、
  あれは、9.11 の直後だったんですけど、
  横浜の インターコンチネンタルホテル に、巨大な バッタを貼り付けた 現代美術作家がいて」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「彼と一緒に パレスチナに行ったんですね。
  そこで、パレスチナの劇団と一緒に 演劇を作ろう、というような仕事をさせていただいたりして、
  なかなか 日本では、こう、体感することができない 中東とか アラブ諸国、
  イスラム文化圏の、いろんな経験をさせていただきました」
岡田くん
  「アート とか 芸術とか っていうのは、その時代とか その社会とか、
  いろいろ 伝えたいものが なきゃ いけない、っていうのがあるから アートである、っていうことを、
  伝えたくて 持って来た、っていうことも あるんですか?」
相馬さん
  「そうですね」
岡田くん
  「その・・・わざわざ、っていうのかな。 その 中東の、いま・・・なんだろう、
  紛争とかも起きてるとこのを 持って来たわけじゃないですか」
相馬さん
  「そうですね。 やっぱり、今の日本に いると、自分達の 身の周りの日常のことは もちろん、
  情報としても 経験としても、手に入るんですけど、
  ちょっと 外のこと。 例えば、イスラム文化圏のこととか、
  ほとんどの人にとっては、全く 未知の世界ですよね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「もちろん、ネットとか ニュースやテレビがあるので、
  事件のニュースは入って来るんだけれども、
  実際、そこに来てる人が 何を考えて、どういう現実の中で生きてるか、っていうのは、
  わからない わけですよね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「で、演技で っていうのは 特に、生の メディア。
  そこに、俳優の身体があって、直接 こうやって、言葉で訴えかける メディアですから、
  やっぱり そういう、3次元のものを 日本に招へいしてですね、
  実際、日本のお客さんに、生で理解してもらう、っていうのは、
  すごく意義のあることだと思ってます」


(曲)
ASIAN DUB FOUNDATION 『SPEED OF LIGHT』
PUNKARA[対訳歌詞・解説・ボーナストラック付き国内盤]


岡田くん
  「相馬さんは・・・」
相馬さん
  「うん」
岡田くん
  「どういう人 なんですか?(笑)すいません、ザックリな質問で」
相馬さん
  「ザックリですねー」
岡田くん
  「どういう・・・あれなんですか。 やっぱ、バリバリですよね」
相馬さん
  「いえいえ」
岡田くん
  「30・・・30。 あ まぁ、あんまり お年は聞かない方が(笑)」
相馬さん
  「30中盤ということで(笑)」
岡田くん
  「中盤ですよね」
相馬さん
  「はい」
岡田くん
  「30中盤・・・」
相馬さん
  「ザックリ、同世代ということで」
岡田くん
  「同世代ですよね」
相馬さん
  「はい」
岡田くん
  「なんでしょうね・・・なんで、この仕事 しようと思ったんですか?」
相馬さん
  「私ね、ちっちゃい頃は、作家に なりたかったんですよ」
岡田くん
  「あー・・・」
相馬さん
  「もの書きに なりたくて。 さもなくは、ジャーナリスト」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「なので やっぱり、言葉で伝える っていうことを やりたい人間だったんですね。
  ま、でも、才能も無く、それほど 根性も無く、気がついたら、フランスに行ってたんです。
  それは、大学で たまたま、フランス文学科だった っていうことも あったりして、
  でも、アートに関わった仕事は したいけど、何をやったらいいか わからない、っていう、
  典型的な、まぁ モラトリアム学生 というか、そんな感じで。 で、向こうに行って。
  ところが そこで、初めて、現代的な演劇だとか ダンスだとか、そういうものが、
  誰にでも、広く 受け入れられているような 社会の ありよう、っていうのを体験したんですね」
岡田くん
  「日本の アートと、例えば、フランス?
  パリか・・・わかんない。 リオン。 リオン か」
相馬さん
  「リオン ですね」
岡田くん
  「リオン の アートの感じ、っていうのは、全然 違いますか? 感じた かんじでは」
相馬さん
  「うん。 ま、基本、アート って、同時代の表現だから、
  そこに生きてる人達の リアリティー とか、あと、歴史ですよね・・・を反映するじゃないですか。
  だから もちろん、場所が違えば、出てくるものは 違うと思うんですけれど、
  一方で やっぱり、何が 根本的に違う、って、
  その、文化の差異 以外に、その 芸術文化を巡る 制度が違うんですね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「だから、例えば ヨーロッパ であれば、劇場システム っていうのがあって、
  劇場を拠点に、俳優だとか 演出家だとか 制作スタッフが 雇われていて、
  そこを拠点に作られた作品が、他の劇場や フェスティバルを巡回する、っていう、
  非常に効率的な、システムがあるんです」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「ところが 日本には、それが無いので、
  みなさん、劇団を主体に、個々の劇団が まぁ、セルフ プロデュース で、なんとかやってる。
  でも、それが なかなか、国際的な ステージに上がったり、
  あるいは、日本各地の より多くの劇場で観られる、っていうようなことが ちょっと、
  制度として 無かったんですね。
  なので、私が、フランスに行って 学んだこと っていうのは、
  もちろん、個々の アートの中身も もちろんですけれども、
  それを どうやって、社会に結び付けて、開いていくか。
  その制度のところを勉強してきた、っていう感じですかね」
岡田くん
  「その頃は、アートマネージメント っていうのを学んでいる人は、結構いましたか?
  日本人では」
相馬さん
  「うーん、私が行ってた頃は、まぁ ザックリ 10年ぐらい前 なんですけど、
  その頃に初めて、日本で アートマネージメントの学科が でき始めたぐらいなので、
  私、海外で学んだ人間としては、わりと 早い方だと思いますね」
岡田くん
  「相馬さん、あだ名、なんですか?」
相馬さん
  「あだ名・・・(笑) あだ名ねぇ。 
  いや、なんか 最近 あんまり、あだ名で呼んでくれる人も いなくなったんですけど」
岡田くん
  「 “相馬さん” て 呼ばれるんですね」
相馬さん
  「うん。 まぁ、親しい人には “チアッピー ” とかって、呼ばれたりしますけどね(笑)」
岡田くん
  「その・・・どうなんですかね(笑)」
相馬さん
  「(笑)え?」
岡田くん
  「どういう面が あるのかなぁ、と思うんですよ。 その・・・なんだろう、
  結構、バリバリな感じも するし、
  目の前で話してて、仕事の話 してる時と、こう、普段の話 してる時の、
  目付きが、ガッ! って変わるんですよ」
相馬さん
  「そう。 私 よくね “ツンデレ” って 言われるんですよ」
岡田くん
  「へぇー・・・(笑)ツンデレ。 アハハ」
相馬さん
  「あ、ちょっと、死語? え? え?え?」
岡田くん
  「ツンデレ(笑)」
相馬さん
  「自分で 言わない?」
岡田くん
  「ま、全然 アリですよ。 セーフ です」
相馬さん
  「自分で 言わない?」
岡田くん
  「セーフです。 ツンデレ なんですねー」
相馬さん
  「まぁ・・・」
岡田くん
  「フランスは、肌で合ってましたか?」
相馬さん
  「合ってましたね、うん」
岡田くん
  「そのまま、フランスで働こう とは、思わなかったんですか?」
相馬さん
  「うん、思いましたよ。 でも やっぱり、帰って来ることを選びましたね」
岡田くん
  「それは、何故ですか?」
相馬さん
  「いま言った話ですけど、要するに、制度があるとこ っていうのは、
  制度の中で、やっぱり やっていて、その ヒエラルキー を登って行けば、ゴールが見える と。
  でも 日本は、制度が無いので、制度を作るところから やらなくちゃ いけない。
  そっちの方が 自分の・・・まぁ 少なくとも、日本人として やるべきことかな、と。
  もう、フランスでは 全部あるので、
  私が外国人として そこにいても、そんなに貢献は できないかな、と。
  まぁ、通訳は やったりとかは、できるかもしれないですけどね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「むしろ、やっぱり、自分の故郷である日本に帰って来て、
  無いものを ゼロから作っていく、っていうことの方に、やっぱり、
  人生、使いたいな と」
岡田くん
  「人生、使いたい・・・」
相馬さん
  「ハハハ(笑)ちょっと 大袈裟でしたね」
岡田くん
  「(笑)」
相馬さん
  「すみません」
岡田くん
  「いやいや、いいですよ。 いい言葉だなと思った」
相馬さん
  「フフフフ(笑)」


(曲)
BRIAN ENO 『HOW MANY WORLDS』
Another Day On Earth [解説付・ボーナストラック収録 / 国内盤] (BRC128)


岡田くん
  「各国の舞台は、どういう傾向があるんですか?」
相馬さん
  「いまね、やっぱり 舞台芸術の中心というのは、明らかに ヨーロッパに ありますね。
  ヨーロッパ といっても、フランスと ドイツを中心にしていて、
  イギリスは どちらかというと、商業演劇というか、ミュージカル的なものも含めて、
  わりと、古典的なものが多い。
  あと、シェークスピアの伝統があるんでね、戯曲が中心です。
  ドイツは、劇場システムが すごく ちゃんとしていて、
  地方の いろんな都市の、おっきな劇場には、
  10億とか 20億とか、おっきな予算を持ってるところが、
  とても 大がかりな舞台を たくさん作ってます」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「一方、フランスは、わりと中規模から小規模のものが、
  地方に、全部で 合計すると 100ぐらい、演劇センター とか、公立の劇場があるんですけど、
  そういうところを巡回しながら、シーンを作っていて、
  それが 新作となると、フェスティバルで バーンと上演したりとか、っていうことで、
  なかなか ヨーロッパの演劇は、やはり システムが ちゃんとしているので、
  安定的に、数も 質も、量産されているな、っていう印象ですけれど」
岡田くん
  「そうですね、日本はね、どういう・・・どういう感じなのかな。  
  これ、日本、来て、ちょっとずつでも これ、4回目で、変わっていった っていうのは、ありますか?
  みんな、言ってるじゃないですか、
  そういうの変えな いかんよね! って、大御所の方も、平田オリザさんを含め、
  なんとかしなきゃ いけないだろう、って言って、頑張ってるけど、
  変わって来てますか?」
相馬さん
  「うん。 もちろん、いろんな方がいろんな声を出して、
  現実は、ちょっとずつでも 変わっていると思います。
  その中で 『フェスティバル/トーキョー』 が、
  何を変えたのかな、ってことを、客観的に見るとですね、
  うーん、やっぱり 一つは、相馬 っていう人間が、
  ある一人の人間が選んで、ある価値観を出してる っていうこと。
  これは 実は、いままで 日本で、あったようで そんなに無かったことなんですね」
岡田くん
  「ふーん」
相馬さん
  「なので “ビエンナーレ” とか “トリエンナーレ” とか、美術の世界だったら、
  何人かの キュレーターが選んでますよ、っていうのが はっきりしてたと思うんですけれど、
  演劇フェスティバルだと、やっぱり、そういうものが無かった。
  なので、これが いまの新しい価値。 
  これが、こういう 演劇を、これから目指していこう、っていう、価値ですよ、っていうことを、
  一人の人間が言い続ける、っていうことの、まぁ 見え方ですね」




岡田くん
  「シンプルなことを口説いていくのって、大変じゃないですか」
相馬さん
  「いやぁ、大変でした」
岡田くん
  「演劇界の人 って、いろいろ言うでしょ?
  言うでしょ、っつったら 変だけど(笑)」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「なんか(笑)いろいろ 哲学が、
  それぞれ、個人の哲学があって、なかなか、意見 聞かない人、多くないですか? アハハハ(笑)」
相馬さん
  「そうですねえ・・・」
岡田くん
  「あ、いや(笑)ま、答えられないけど」
相馬さん
  「岡田さんもね、たくさん 演劇 出てらっしゃるから」
岡田くん
  「いえいえ、僕は あんまり、演劇は あれですけど。
  知り合いも 何人か いますけど、やっぱ、すごい こだわりと、プライドも すごいし、
  それが・・・なんだろう、まぁ、変な意味に聞こえたら ダメですけど、
  それが アートを支えてる、心の拠り所でも、その中には あるとこが あるから、 
  それ、口説いていくとか って、難しいんだろうな~ って、単純に・・・」
相馬さん
  「そうですね。 だからね、最初は やっぱり難しくて、
  そもそも、何で お前がやってるんだ? みたいな話も ありますし」
岡田くん
  「 『お前、なんだよ!』 みたいな」
相馬さん
  「そうそう(笑) 若いし、女だしね。
  それは まぁ、日本社会、どこでも そうだと思いますけど、っていう問題は あるんですけど、
  一方では やっぱり、結果を出していくことですね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「これで 『フェスティバル/トーキョー』 が、世界に認知されましたよ と。
  で、わりと、世界の いろんなとこ行っても、
  東京 っていったら 『F/T』 だよね、って 言ってくれるようになった とか。
  そういう、成果を積み重ねていくことは、すごく大事で。
  よくあることなんですけど、日本国内の評価より、世界の評価の方が先だ、っていう、
  ま 『F/T』 も、どっちか っていうと、そういう パターンかもしれない」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「世界で認知されて はじめて、東京の・・・日本の演劇シーンの中でも、
  あ、こういう世界の窓口が あるんだな、っていうのを認知してもらったところは あるかな、と」
岡田くん
  「なんか、すいません、勝手な噂で聞いたんですけど、
  4回目だから、ちょっと大きくなって、認知されてるから、その・・・1,2,3ぐらいは、
  『あー 協力するよ』 みたいな 『あ 頑張ってんだ~』 みたいな、海外の人も思ってて、
  『協力するよ』 だったのが、4回目で大きくなって、
  ライバル っぽく なってきてるから、
  『なんだよ~』 みたいな感じになってる っていう・・・」
相馬さん
  「(笑)それ、すごい噂ですね」
岡田くん
  「っていうのも、聞いたんですけど」
相馬さん
  「いえいえ。 でも、そういう面は あるんですね。
  それ、すごく いい動きだと思っていて、『F/T』 が ある種、なんでしょうねえ、
  これが、いま 東京都も絡んで、一つの例外だよね、みたいに思われるよりは、
  あそこでも ここでも、『F/T』 みたいな フェスティバル や 動きが起こってきて、
  そういうものが拮抗しながら、シーン全体が 活性化していった方がいいかな、と思っているので」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「私としては 『F/T』 的なもの、あるいは 『F/T』 規模のものが、
  ほんとに 10、20、日本にできて はじめて、
  おっきな意味で 変わっていくんじゃなのかな、と思ってますけど」


(曲)
I HATE THIS PLACE 『PUSH PULL』
Aero


岡田くん
  「今回の テーマが “私たちは何を語ることができるのか?”
  これを考えたのも、相馬さん ですよね?」
相馬さん
  「はい」
岡田くん
  「これは何で、今回、こういう テーマに したんですか?」
相馬さん
  「実は、他の テーマを考えてたんですね、震災の前 までは」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「震災の前 までは・・・野外でやる作品が 今回、多いので、」
岡田くん
  「何だったんですか?」
相馬さん
  「 “劇場を捨てよ、町へ出よう” っていう」
岡田くん
  「あー・・・」
相馬さん
  「寺山修二の “書を捨てよ、町へ出よう” を引用して、
  そういう キャッチフレーズで行こうかな、と思っていたんですけれど、やはり 震災があって、
  もちろん、野外でやるっていう コンセプトは、継続してるんですけど、
  それ以上に、いま私達が、この 変わってしまった現実の中で、何を、
  芸術、あるいは 演劇、っていう メディアを使って、語ったり 表現したりすることができるんだろう。
  で、私自身が、そこが わかんなくなってしまった、っていう、
  その疑問とを、ある種、虚無感というか、掴めなくなってしまった感じを、
  ぜひ、今回の フェスティバルの全体として、問い掛けたいなと思ったんです」
岡田くん
  「どういう並びで 決めたんですか? これ。
  こう、イタリアの巨匠 ですよね、ロメオ・カステルッチ も いれば、
  ドイツの ルネ・ポレシェ・・・ポルシュ、ポレシュ」
相馬さん
  「ポレシュ」
岡田くん
  「・・・も いれば、カオス*ラウンジ も いれば・・・これ、日本の あれですよね?」
相馬さん
  「はい」
岡田くん
  「カオス*ラウンジ も、いれば・・・」
相馬さん
  「そうですねぇ。 実は、ここに お呼びしてる アーティストのみなさんは、
  3.11 より前に、お声掛けをしてたんですよ」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「というのも、こういうの準備するの って、1年、2年、時間がかかるので、
  当然 お声掛けは、1年ぐらい前にしてるんですね」
岡田くん
  「そうですね」
相馬さん
  「なので、人選に関しては 変わってないんですよ。
  ただ、彼らが そこで、どういう作品を作って どう発表するか、
  その部分は、3.11 以降、かなり変わりました」
岡田くん
  「テーマは、何で決めていくんですか? 今回、全体的に」
相馬さん
  「なので、結局、個々の アーティストが、私や うちの スタッフとの対話を通して、
  今回の テーマは “私たちは何を語ることができるのか?” と。
  それに対して、自分は こういう スタンスで行こう、とか、
  やっぱり、劇場を使わずに、例えば、こういう場所でやりたい とか、
  そういう話し合いの中から、一個一個の作品の中身を決めていますね」
岡田くん
  「うーん。 まぁ これ、アジア全土より、応募総数 150件。
  その中から選ばれた カンパニー 11組。
  “要注目” って書いてあります」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「どうやって、決めるんですか?
  こんだけ見て、この要素が欲しい、って ディレクション していくわけじゃないですか」
相馬さん
  「うん、そうですね。 実は、それが すごく重要なところで、
  はっきり言って、世の中に、いいお芝居とか 素晴らしい作品、たくさん あるんですね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「だから、いいものを集めよう っていう話だと、たくさんに なりすぎて、綾なことに ならない、と」
岡田くん
  「それは もう、構成が、相馬さんの アートなわけですよね。 これが、この 全部が」
相馬さん
  「うん。 おっしゃる通り」
岡田くん
  「どういう アートとして、この 『フェスティバル/トーキョー』 の、表現してるのか・・・」
相馬さん
  「なので、いいもの という基準 以外に、当然、切り口があって、
  それが まず 一つには、演劇 っていう メディア。
  つまり、表現形式ですよね・・・の、最先端であるということ。
  つまり、メディア自体の意味合いとか、社会的な役割を更新するようなもの」
岡田くん
  「更新する・・・」
相馬さん
  「うん。 新たに 刷新する、ようなものを ぜひ選びたい。
  で、選ぶだけじゃなくて、そういう ポテンシャルのある アーティスト達を一堂に会して、
  一緒に作品を作りたい、って 意識が すごくありますね」
岡田くん
  「うーん」
相馬さん
  「なので、すでに できたものを ピックアップして、これが、
  はい、今年の ラインナップだよ! っていうのだと、ちょっと弱いな と思っていて、
  アーティストの考えを 一緒にですね、作品にするところまで やりたいなと」
岡田くん
  「うーん」
相馬さん
  「というところで、まぁ なかなか、時間も 手間も お金もかかるんですけれど、
  そうやって、一個一個 できていったものが 今の社会に対して、応答してるというか、
  その現実を受け止めて、何かしらの こう、影響力とか 発言をする、
  そういうものに なるんじゃないかな と思ってます」


(曲)
BJORK 『NEW WORLD』
セルマソングス~ミュージック・フロム・ダンサー・イン・ザ・ダーク


岡田くん
  「相馬さんの・・・」
相馬さん
  「うん」
岡田くん
  「一番の武器、って、何なんですか?」
相馬さん
  「武器ね・・・」
岡田くん
  「交渉ですか?」
相馬さん
  「うーん・・・まぁ、チーム力 だと思います」
岡田くん
  「あ、チーム力」
相馬さん
  「というのは、私に ピン というよりも、やっぱり 『F/T』 を一緒に やってる スタッフが、
  コアで 10人、多い時で 30人ぐらい いるんですけれど、
  わりと、若い女性が多いんですけど、
  みんな、チーム 一丸となって、フェスティバルを作ってる、というとこ じゃないですかね」
岡田くん
  「これ、あの・・・例えば、イタリアの ロメオ・カステルッチ、呼ぶ時に、
  大変じゃないですか? 来てくれ、って言うの って、」
相馬さん
  「うん、でもね・・・」
岡田くん
  「イタリア人 て、大変・・・(笑)」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「大変じゃないですか? ドイツ や イタリア とか、フランスも そうかもしれないですけど」
相馬さん
  「たしかに。 ただ、私も やっぱり、この仕事 始めて 10年になるので、
  いままで培ってきた、ある種、信頼関係みたいなもの、
  これは、かなり 武器になってると思います」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「だから、ロメオさん とか、ルネ・ポレシュさん とか、アーティスト個人と知り合い というか、
  まず、私と アーティストの信頼関係があって、そこから、
  じゃあ 2011年は、宮沢賢治で こういう作品をお願いします、
  ということを オファー できる関係に なってくわけですね。
  それで、実際、作品を作る ということで、
  敢えて、組織力 以外に 武器があるということであったら、きっと そういう、
  アーティストとの信頼関係、っていうことでしょうかね」




岡田くん
  「アートが社会に できること、って、何だと思ってますか?」
相馬さん
  「うん・・・(笑) 大きな質問ですけど、
  とても謙虚な言い方をすると、私は・・・無いと思ってるんです (笑)」
岡田くん
  「はじめて 聞きました」
相馬さん
  「うん」
岡田くん
  「みんな、これ聞くと 『いや アートは・・・』 って言うんですよ。
  『社会の膿を表現してる』 みたいのがあって(笑)極端に言うとですよ」
相馬さん
  「そうそう、だから・・・そうそう、もちろん できるんですよ。
  だから もちろん、存在していて、やってるんだけど、
  何か その、例えば、個々の アーティストが、
  社会に対して 何かをするために表現をしているか? っていうと、
  そうではないと思っていて。
  だって 表現 って、まず 自分が、やむにやまれず やるものですよね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「だから、誰に頼まれた とか、こういう役に立つ とか、
  そういうことで表現してるわけではないと思います。
  少なくとも、私が信頼してる アーティストの 多くは、そうだと思うんです。
  だけれども それが、ある瞬間、個人の 内的な表現が、社会化された 瞬間に、
  つまり、社会に開かれた 瞬間に、それを受け取る側にとって、何かしら・・・
  役に立つ と言うと、語弊がありますけど、効果があるのでは ないかな、と。
  だから、例えば 今回の震災でも、すぐ みんな、
  “演劇に できること” とかね、言ってしまったと思うんです」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「それは もちろん、例えば ボランティアに行く とか、
  子供達を元気づけるとか、癒すとか、っていうことは できますけれど、
  ただ、それが、アートの そもそもの目的では ないわけで。
  あくまで、個人の表現 ていうのを やっていく中で、何かしら、受け取る側が、
  そこから、勇気をもらったり、癒しをもらったり、っていうことは いいと思うんですけれど、
  なんかね “アートに これができる” っていうのは、
  私は なかなか おこがましくて、まだ言えない、そんな ところです」




岡田くん
  「アート って、うーん・・・どういうふうに、日本の人に とられてると思ってますか?
  なんか、なんていうのかなぁ・・・
  ヨーロッパの人達が思ってる アート と、日本の人達が思う アート って、
  違う気が するんですよ」
相馬さん
  「たしかに」
岡田くん
  「ズレがある、というか・・・ヨーロッパの アート って、
  アート って言葉が身近に あって、
  日本 って、アートよりも デザインの方が 近くにあって、
  アート っていうと、ちょと堅いというか、
  何 言ってんのか わからん、みたいなことも あるし」
相馬さん
  「(笑)」
岡田くん
  「一般的に アート っていうと、身近に感じずに、ちょっと、なんか、
  ま、すっごい、言葉が悪く言えば、お高く とまってるとか・・・」
相馬さん
  「たしかに」
岡田くん
  「よくわかんねえ とか、難しい とか って とる人も、いらっしゃると思うんですよね」
相馬さん
  「それは たぶん、ヨーロッパでも一緒で、
  ハイアート と、サブカルチャー みたいな 対立 っていうか、あるじゃないですか。
  つまり、お高く とまってる、って、今おっしゃったような、小難しい コンセプチュアルなものと、
  一方で、デザインも含めて、わりと 生活に密着したものとか、
  あと、日本だと やっぱり、サブカルチャー ですよね、マンガとか。
  誰でも ほんとに気軽に、手に入って 読めるもの。
  でもね、私は、その分け方 自体、もう そんなに 有効じゃないな と思っていて、
  で、まぁ おそらく、印象では 『F/T』 で やってるような演劇もね、
  ハイアートの 一つだと、思われがちだと 思うんですけれど、
  やっぱり、そういう先入観を取っ払って、見に来てほしいと思うんですよ」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「というのは、そこで やっぱり、提示されているもの、っていうのは、
  今の 自分達の、同時代の問題意識に、確実に 直結しているものだと思うんですよ。
  これが、例えば 18世紀の フランスの、宮廷文化を知らないと わからない、
  それ、すごい高尚だと思いますよ。
  だから、クラシック音楽とか やっぱり高尚で、知識が必要だと思うんですけど、
  今のね 『F/T』 で やってるような演劇は、
  むしろ、自分達が 今の東京、今の日本に生きて、
  リアルに感じてることに すごく正直な作品が多いと思う。
  ていうか、そういうものしかないと思うので、予備知識は、私は 必要ないと思う。
  だから、例えば 単純に、原発の問題とか、地震の問題とか、津波のこととか、そういう、
  私達が 今、すごく リアルに受け止めたことに対する、
  ある種の問い掛けとか、応答を 見る事ができるんじゃないのかな、って思います」
岡田くん
  「 『フェスティバル/トーキョー』 すごい、面白いですか?」
相馬さん
  「うん。 ぜひ、岡田さんにも 来ていただきたいです」
岡田くん
  「じゃあ、ぜひ 行きますよ。
  『スゲエ 面白いですよ』 って、言ってみてください」
相馬さん
  「スゲエ 面白いですよ・・・(笑)」
岡田くん
  「アハハハ! それ聞けると、行こうかな、ていう気に なります(笑)」
相馬さん
  「絶対に、その御期待は裏切らない 自信があります」
岡田くん
  「あ、ほんとですか」
相馬さん
  「はい」
岡田くん
  「すっごい 面白いですか? これ」
相馬さん
  「うん。 もう、むちゃむちゃ面白い」
岡田くん
  「それが聞きたい・・・(笑)」
相馬さん
  「(笑)」


(曲)
COCTEAU TWINS 『LORELEI』
トレジャー~神々が愛した女たち


岡田くん
  「相馬さん ご自身は 『フェスティバル/トーキョー』 を通して、
  何を語りたいですか?」
相馬さん
  「うん。 私自身が語る、っていうよりも、
  アーティストの人に語ってほしい、って気持ちが とても強いんですね」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「私は、むしろ その、いろんな人が いろんな切り口から、いろんなことを語る場を作りたい。
  で、その プログラムも そうなんですけど、
  今回だったら “私たちは 何を語ることができるのか?” っていう、
  大きな お盆みたいなものを用意して、
  そこに、世界中から いろんな アーティストが集まって来て、
  それぞれ、この問いかけに対して、何を表現できるか、
  どういう応答ができるか、ってことを見せてほしい」
岡田くん
  「うん」
相馬さん
  「だから、私自身が 具体的に、
  こういう主張があって、何を語りたい、っていうことでは ないですね。
  むしろ、その存在感を消していくことの方が、
  『F/T』 っていう場に ふさわしいんじゃないのかな、と思ってます」





(対談が終わって、岡田くんの感想)

「さあ、ということで、相馬さんと お話をさせていただきました。
いやあ、相馬さんね。 ほんとに クレバー な、頭のいい方ですし、
うーん。 ちょっと 気の強そうなとこもね、また なんか・・・相馬千秋です。 っていう感じのね(笑)
感じが、しましたし、すごく いい方だなあ、と思いました。

うーん、なんでしょうねえ。
やっぱ なんか、アートとか 芸術とか、なんでも そうなんだと思うんですけど、
地震 以降、自分達の存在とか、
ま、僕らの仕事とかも そうだと思いますけど、こう、
違う、もちろん 仕事の方も、なんか 自分が、社会のためとか、
大きく言ったら、国とか、地球とか、なんか・・・
何ができるんだろうか? っていうことを考える きっかけが強くなったのかなぁ とは、
すごく思うんですよね。
なんか、そん中で やってる、自分達が表現できる、自分達の役割とか。
そういうことをすごく、みんな 考えて、たぶん 表現していってんだろうな って、すごく思いますし。

スゲエ 面白いよ、って 言ってたから、
やっぱり ちょっと、観に行ってもらって、
いろんな国の、いろんな価値観が いっぱい、いろんなとこで あって、
いろんな表現が渦巻いてる感じだと思いますから、
ぜひ、いろんな会場で やってるみたいなんで、劇場に足を運んで、
観てもらえたら 嬉しいなぁ と思います」


(曲)
THE INNOCENCE MISSION 『OVER THE RAINBOW』
Now the Day Is Over



(相馬さんからの コメント)

「やっぱり、震災があって、日本全体の 芸術文化活動が いま、すごく 数も減っているし、
あと、海外から アーティストも、なかなか来なくなったりして。
で 『フェスティバル/トーキョー』 は、今回 ありがたいことに、海外、
イタリアだとか ドイツ、それから アジアの国からも、アーティストが来てくれる。
そこで こういう、今の、
震災後の日本で活動している、日本の アーティストと対話をする、ということで、
これから、日本が どうなっていくか、なかなか不透明では あるんですが、
そういう厳しい中で、アーティストが何を考えて、何を問い掛けているのか、
その現場を ぜひ、目撃しに いらしていただきたいと思います」

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