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2011/6/26 on air  「映画評論って今どうなっていますか?」                 (guest)  清水節さん



(オープニング)

「こんばんは、岡田准一です。 今夜も始まりました 『Growing Reed』
この番組では、毎週 一つのテーマの専門家をお呼びして、徹底的に質問。
番組の終わりには “考える葦” として、
僕も、みなさんと一緒に、成長したいと思います。

J-WAVEのリスナー のみなさんには 映画が好きな方が多いので、ご存知の方も多いと思いますが、
今年の 4月22日に、雑誌 『ぴあ』 の 首都圏版が、7月22日号で 休刊されることが 発表されました。
時代の役割を全うした、ということなんですが、
映画に まつわる状況が 大きく変わったことを象徴する、ニュースですよね。
あと、東京では、単館映画館の閉館も続いていて、これも、熱心な映画ファンは 嘆いています。

いま、映画業界は どうなっているのかを、
今日は、映画評論 という側面から、迫ってみたいと思います。

映画評論、というね、言葉を こう、僕ら 聞くと、
ものすごいね、あの・・・僕らの立場から言うと、うーん、すごい 気にする存在ですかね。
なんか、僕自身は そんなに(笑)見ないように してたりするんですけど、
やっぱ、スタッフの みなさんとか、やっぱ、宣伝部とかの方々は もう、これ 一個で、
この人は 何 言ってんだ、とか、これは どうなってんだ、とか、もう、すごい、
その映画自体を左右されるもの、ぐらいの感じで 動いてますし、っていうのも あると思います。

それに、たぶん・・・うーん、どうなんでしょうね、
僕ら世代より ちょっと上の方、40代ぐらいの方とかは、
やっぱり、映画の批評とか、そういうので、
映画館、観に行こう、とかっていうのも、すごく多い世代だと思うので、
あの・・・そういう意味では、映画業界を、なんだろう、
ずっと 見てきて、左右する存在、って言っても 過言ではないと思います。

そんな、評論家の方を 今夜は ゲストに お呼びします。
映画評論家の、清水節さん。
J-WAVE では 『東京コンシェルジュ』 で、コメンテーター として お馴染みですよね。

“映画評論って今どうなっていますか?” という テーマで、お話をお伺いします。

J-WAVE 『Growing Reed』
新しい一週間、最初の60分。 ぜひ、一緒にお付き合いください」



(曲)
EDDIE VEDDER/MILLION DOLLAR BASHERS 『ALL ALONG THE WATCHTOWER』
アイム・ノット・ゼア


岡田くん
  「オープニング で、映画評論は 映画業界自体を左右する、って 言いましたけど」
清水さん
  「ハハハ(笑)」
岡田くん
  「(笑)どうですか? それ」
清水さん
  「いやー、そんなことないでしょう」
岡田くん
  「いや、ありますよ。 ちょっと、大きく 言ったかもしんないですけど」
清水さん
  「うーん、特に 日本の場合、っていうのは、そこまでの現状は 無いと思いますよ。
  アメリカはね、多少、まだ残ってるかもしれない」
岡田くん
  「大きいですよね。 あのー、ニューヨークタイムズ とか、
  結構 辛口に、ガンガン 書いていかれる、っていうのは 聞きますけど」
清水さん
  「まず、個人の評論家や ライター が、どこまでの 矜持をもって書くのか、っていうものと、
  また その、書かしていただく メディア側がね、
  どういう スタンスで やってるのか、っていうのは、これ また、別の話ですからね」
岡田くん
  「うーん、というと・・・」
清水さん
  「つまり、メディア側が 自主規制をしちゃったりする。
  つまり、コマーシャリズムに則って、それなりの手加減をしていく、っていう ケースが、
  特に、日本の場合は おっきいんじゃないんですかね」
岡田くん
  「(笑)そん中で 書かれてる、っていうのは、どうなんですか?
  言えること 言えないこと、たぶん、たくさんあるのは、まぁ、わかりますけど」
清水さん
  「まぁ、総花的に、トータルに 評論の世界、っていうのは、
  僕はね、語るわけにいかない部分があるし。
  なぜならば、かなり 異端ですからね。 アウトサイダーなんで、僕なんかは」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「個人的な話をすればね、90年代の終わりから 2000年代の真ん中ぐらいに あった、
  ある、海外に本誌がある映画雑誌の日本版、
  『PREMIERE』っていう 雑誌だったんですけどね。
  そこで、僕が 書かしていただいてる時なんかは、かなり 忌憚なく書けました。
  批判も、強く書けましたね」
岡田くん
  「はいはい」
清水さん
  「ただ、現時点で、僕が書いて web上や 雑誌上に 載っかっている言葉で、
  そこまで 辛辣に批判してるものは、たぶん 少ないと・・・
  だから 『東京コンシェルジュ』 ってね、この J-WAVE の番組は、
  結構、稀有な存在ですよ」
岡田くん
  「うーん・・・」
清水さん
  「そこまで、自由に言える。
  それは やっぱり、アメリカ人とは また違う、日本人的な 体質の問題。
  当たり障りなく、和を以て貴しと為せ、というふうに 付き合うような 風潮?
  映画会社と、ないしは 芸能プロダクションとの 蜜月の仲で、
  メディアが、どのように生き残るのか・・・」
岡田くん
  「(笑)まぁ、言えないところですよね」
清水さん
  「あんまり、こういう話すると、岡田さん的にもね、
  なかなか 厳しい問題に、なってくるかもしれない(笑)」
岡田くん
  「いや まぁ、僕は 大丈夫ですよ」
清水さん
  「あ、そうですか(笑)」
岡田くん
  「僕は、だって それは、聞くだけなんで・・・アハハハ! 僕は、話してない(笑)
  そこは、難しい問題も いっぱい あるじゃないですか」
清水さん
  「はい」
岡田くん
  「でも そういう、書けない、っていうのは どうなんですか? ご自身的に」
清水さん
  「あとは、自分の責任を持って、リスクを持って、
  個人で、例えば web で、何も縛られてない所で 発言することは 可能ですよね」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「僕なんか、Twitter、去年ぐらいから始めて、
  メディアで書けないようなことを 時々 言いますけれども、
  まぁ 結構、いろんな反響は ありますよ」
岡田くん
  「うーん、そうですよね」
清水さん
  「いろんな 意外な方角から、緩やかな締め付けが来たり」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「まぁ、半ば、脅しが来たり」
岡田くん
  「(笑)」
清水さん
  「ありますよ」
岡田くん
  「ま、そうなんですよね」
清水さん
  「ただね、なんだろう、全体的に言うとね、やはり、最近 ちょっと、
  どんどん どんどん、そういう傾向が強まってる、っていう言い方は できるんじゃないんですか」
岡田くん
  「うーん。 その中で、映画評論 ていうのは、どういう行為 だっていうふうに、
  自分で こう、定義されてますか?」
清水さん
  「映画評論、ていうのは、時代の状況に関わらす、
  本来的には、映画を観て、それを自分の言葉で、まず 再構築して、
  どういう作品なのか、ということを受け止め、分析し、
  そして、それが 今、この時代に作られているのは、
  どういう意味を持つのか、っていうことを考えていく 作業、と 僕は考えてます」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「体系的にね、勉強していくと、いろんな理論が あるんですよ。
  ただ、僕は 決して、子供の時から 映画評論家を目指していた人間では ないので、
  そこまでね、いろんなことを研究してないで、
  結構、無手勝流に やっているというふうに、自分では思ってます」
岡田くん
  「うーん・・・なんか、あのー、そういうふうに、なんだろうなぁ、
  雑誌によっては、書けないわけじゃないですか。
  やっぱり、なんだろう、昔と違って、今は こう・・・なんだろう、
  あんまり酷いこと書くと、読んでて 気分が悪くなるようなものは、雑誌的にも 載せたくないとか、
  そうなると、批評 ってのが、どんどん 減っていくわけですよね」
清水さん
  「でも、本来的には、批判されていようが いまいが、
  最終的に、その映画を観てくれる人がいる・・・増える、ってことが重要ですよね、
  メディアの 役割としては。
  だから 今は、むしろ そういう所に、
  メディアで書いているものよりも、一般の ブロガー の感想の方が、
  力を持っちゃったりする ケース、っていうのも ありますよね」
岡田くん
  「うーん・・・例えば、試写とか 行かれるんですよね」
清水さん
  「もちろん」
岡田くん
  「その時 って、どういう感じ なんですか?」
清水さん
  「どういう感じ? あのねぇ、個人的な インプレッション で言えば、
  昔よりも 最近の方が、どんどん どんどん、関係性が、
  いわゆる、映画会社や 宣伝会社の人達との 関係性、っていうのがね、
  希薄になってる 感じは します」
岡田くん
  「希薄・・・」
清水さん
  「うん。 つまり、昔だったら、その作品が たとえ ダメな作品であろうが、
  その映画を 宣伝しよう、伝えようとする人達との、コミュニケーション ていうのは、
  褒めようが 貶そうが、成立した部分がある」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「ところが 最近はね、どんどん どんどん、やはり、褒めることを求められるので、
  辛辣なこと言うと、煙たがられるケース、ってのは 増えてますよね。
  だから どうしても、そうやって、
  人間関係が遠のいていく危険性、っていうのは、あるんじゃないですかね」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「それは おそらく、やはり、
  批評が、ちゃんと、日本でも機能して、成立していた時代 っていうのは、
  映画が やっぱり、豊かな時代ですよ。 勢いが良かった 時代。
  そういう時には 当然、権力や 権威や、そういう、
  映画の作り方に対して、アンチテーゼ を投げかけて、
  もっと、状況を良くしていこう、というね、そういうことは 成立してましたよね。
  だから、日本だったら、1950年代。
  それが、映画批評にとって、一番 良き時代 だったと思います」
岡田くん
  「うーん。 なんか こういうふうに、今みたいに、その、なんだろう、
  宣伝次第で、映画の興行が左右されてしまう、っていう、その・・・認識が、
  やっぱ、作り手も、強い方が多い じゃないですか。
  ま、出てる人達は 別として、製作側の方達は やっぱ、
  宣伝次第だ、っていうふうに おっしゃる方が多いじゃないですか。
  そういう、宣伝、ていうことが多くなっていくと、
  やっぱり、批評 とかっていうことも含めて、その・・・
  褒めてほしい、っていうのは 強くなってきちゃうとか、必然だったり するじゃないですか」
清水さん
  「たぶん それは、宣伝すべき、売るべき商品としての 映画が、弱体化してるからですよね」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「だから、広い意味で 宣伝ていうのは、批判をしている批評でさえも、
  本当は、宣伝にしする可能性があるわけですよ。
  それが、どんどん どんどん、作品に対する自信が 無くなれば 無くなるほど、
  100パーセント、120パーセント、褒めていってくれないと 困っちゃう、っていうね、   
  そういう現象に なってんじゃないですかね」


(曲)
ERIC SERRA 『HEY LITTLE ANGEL』
LEON


岡田くん
  「じゃあ、今 その・・・クチコミとか、そういうの 多いですけど、ネットでも、
  大体 ネットで、星が付いてるの 見て、行くか 行かないか、とかっていうことに、
  普通の方は なりやすいと思うんですけども」
清水さん
  「はい」
岡田くん
  「これは、どうですか?」
清水さん
  「あのね、やっぱり、星取りのね、星 っていうのも、功罪があってね、
  星だけしか見ない人 って、結構 いるんですよね」
岡田くん
  「そうですよね、多いですよね」
清水さん
  「そう、だから、本文 読まなかったりする、って。
  星 ってのは、たぶん 大体、マックス 5つ星とか、4つ星が 満点だったりする ケースだと、
  3 とかっていうのは、すごい 曖昧なんですよね。  
  だから あんまり、星取り、数値化する っていうのは、僕は 好きじゃないです」
岡田くん
  「うん・・・でも、多いですよね、
  それで 影響されて、行く 行かない、って 決める。
  あぁ、面白いんだ、面白くないんだ、とか」
清水さん
  「ただ やっぱ、日本で 星取り、っていうと、
  web 上の、ヤフーの ユザーレビュー とかね、ああいうものの方が 多いですよね。
  つまり、プロの批評家では なくて、一般の人の 書き込み」
岡田くん
  「そうですね。 書き込みが 多いですね」
清水さん
  「もしかしたら、ほんと あれは、一般の人なのかな? って、
  ちょっと、首をかしげるような ケースもある」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「つまり、仕込み的なものの 可能性、っていうのもね 含めて ありますね。
  アメリカの場合だとね、名立たる新聞、主要雑誌、主要新聞に載った 映画評を、
  決して、一個 一個、星取りや 数値化、してないんだけれども、
  それを、ある web 上の メディアが 数値化して、
  この作品は 大体 これぐらい、みんな OK、
  賛成してるよ、っていうのを、出してく 力 も ありますけどね、向こうではね」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「向こうの方が、そういう意味では まだね、
  いまだに、映画批評が 映画興行に与える影響 ってのは、強いといえます」
岡田くん
  「 『ぴあ』 が、休刊に なってしまいましたけど、これも やっぱ、影響、大きいですよね。
  それを まぁ、顕著に表してる、っつったら 変ですけど、
  今、そういう時代を 表してる、っていう・・・」
清水さん
  「ただ 『ぴあ』 っていうのはね、
  ちょっと これは、映画批評の テーマから、逸れるのかも しれないですけど、
  役割が ちょっと違うんですよ。
  岡田さんは もう、『ぴあ』 ど真ん中でした?」
岡田くん
  「ど真ん中ですね。 ま、お世話になってる世代 ですね」
清水さん
  「なるほど。 あのね 『ぴあ』 って、70年代の はじめに 創刊されてね、
  何が衝撃的だったか、っていうと、
  それまで って、映画を観に行こうとすると、
  一部の映画雑誌の 後ろの方に、劇場名と電話番号が あって、
  ないしは 新聞に、劇場名と電話番号が あって、
  いちいち 電話して、時間 聞かないと、観に行けなかった。
  それが、映画を観に行く 日本人の、普通の スタイルだったんですけど、
  『ぴあ』 が出てきた時に、
  東京の ほどんどの映画館が網羅されている、で、観に行くことができる。
  つまり 『ぴあ』 っていうのは、今の話の流れでいくと、
  批評誌 っていう、評論 という文脈、じゃなくてね、
  カタログ的に、映画を観に行くための ツールに なった」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「じゃ、それが 何を巻き起こしたか、っていうと、
  それまでは、新聞の批評だとか、一部の雑誌の映画評とかを読んでいた 若者たちが、
  批評なんか 関係ないよ、って なったんですよ。
  つまり、自分達の アンテナや センス でもって、よりどりみどり な、
  この場所と この時間さえ わかれば、そこに行ける、っていう 文化に なったんで、
  『ぴあ』 っていうのは、ある意味、批評を葬り去った メディア だったかもしれない」
岡田くん
  「うーん・・・」
清水さん
  「だから、そういう意味では、カルチャー 誌 というよりは、カタログ誌、っていう 役割。
  で、もっと 穿って言うとね、
  『ぴあ』 が、1972年に 創刊されてからの、ま、休刊までの時代 っていうのは、
  どんどん どんどん、批評が変質して 衰えて、みんなが 評論家などを頼りにせずに、好き勝手に、
  自分達の物差しで、映画を観に行くようになった時代だった、って言えるかもしれない」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「だから 『ぴあ』 が 無くなった、っていうのはね、ある意味ね、あれですよ、
  web 上に 全部、機能、取って代わられた。 それが、一番 おっきいですね」
岡田くん
  「うーん」





岡田くん
  「単館。 日本の単館映画が 無くなっていく、っていう、
  これは、どう思いますか?」
清水さん
  「単館、いわゆる ミニシアター っていうものは、
  日本ではね、80年代の頭 ぐらいから、盛り上がってきたんですね。
  で、90年代の半ばぐらいに、ちょっとした こう、ブームがあってね。
  例えば 『トレインスポッティング』 なんか、観てます?」
岡田くん
  「はい、観てます」
清水さん
  「あと、ちょっと前だと 『ベルリン・天使の詩』 とかね、
  それから、最近だと 『アメリ』 とかね、
  その辺の いわゆる、そこの映画館でしか 掛ってなかった映画、っていうね、
  ミニシアター っていうものの文化が、
  そうだなぁ、90年代から 2000年代の 半ばぐらいまでは、あったんですが、
  それが、いまから 5~6年前に、だんだん だんだん 弱まってきちゃった」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「ただ、これはね、すごく複雑な、一筋縄では いかない話。
  つまり、アート系の映画が 観られなくなった、っていうだけの話じゃなくて、
  もっとね、やっぱり 業界的な、スキーム の話 だったりするんですよ、実は。  
  ミニシアター が 百花繚乱してった 背景に あるのは、
  安い宣伝費で、安く買ってきたものを 長く掛けて、
  そんなに 高額なものじゃないけれども、ヒットを出すことができる、っていうね、
  そういう仕組みが あったわけ。
  その背景にはね、ビデオ業界、っていう存在がいて、
  そこでの買い付け費を補てん してくれて、回っていた 現実があるんですよ。
  それが、ビデオメーカー の サポート っていうのが 機能しなくなるぐらい、
  買い付け費が 高くなったりする、っていう 現実があって。
  じゃあ、短期的に 資金を回収しなけきゃ いけない、
  黒字を出さなきゃ いけない、って はじめて、何をはじめたかというと、
  一館だけで やってたのが ミニシアター なのに、何館か、
  いくつかの スクリーンで 掛けるように、なったんですよ。
  同時に、いくつかの スクリーンで、同じ作品を掛けて、
  ガッ と、いちどきに、ある程度 回収しよう、というようなことが始まったときに、
  出てきたのが シネコン」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「その、シネコン というのは、ミニシアター よりも、
  場合によっては、劇場の環境が 良かったりする。
  そうすると お客さんが、だんだん だんだん、
  この ミニシアターでしか観られない、ていうふうに思ってた時代から、
  あー、シネコンに行けば いいや、という方向にも なっていった。
  だから、決して いま、ミニシアター 系で 掛っていた作品が絶滅した、っていうわけでは なくて、
  ミニシアター という 特性、個性が 薄まってしまったので、
  役割を終えてしまった、ってのが 現実」
岡田くん
  「うーん。 役割を終えた、っていうのも、寂しいですね」
清水さん
  「寂しいですね」


(曲)
YANN TIERSEN 『LA VALSE D'AMELIE』
AMELIE


岡田くん
  「作り手と 批評家の関係、って、どうすれば いいですか?
  僕、こうやって 聞いてて、やっぱり、
  評論家の方と、こうやって話したこと ないんですよ。」
清水さん
  「うんうん」
岡田くん
  「やっぱ こう、書かれて、それをこう 見たりとか、
  ちょっと、離れた存在 ではあるんだけど、
  でも、映画を作るうえで、近い存在 な気も するんですけど、
  面と向かっては、喋ったことが ない・・・」
清水さん
  「でも 例えば、インタビュー みたいな時は、受けるでしょ?
  ライター の人やなんかとか、批評家の人・・・」
岡田くん
  「まぁ でも、ライター の方は 受けますけど、
  そういう こう、批評家? の方 とは、会わないですね」
清水さん
  「でも、結構 その境界線て、曖昧なんですよ、ほんとはね。
  だから、単に 気に入られようとして、
  背に腹 かえられないから、褒める、っていうだけのね、関係では なくて、
  きちんと 面と向かってでも、忌憚なく、ほんとに思ってることを伝えるべき。
  それは やっぱり、作り手と 批評する側の、一番 幸福な関係でしょうね」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「だから、やっぱり 岡田さんの、
  熊澤監督の 『お・と・なり』 は、すごい良かったよ! と、
  だけど、なんで 『SP』 は、前後篇、二つに 分けちゃったの? と」
岡田くん
  「フフフフ(笑)」
清水さん
  「ね。 あれは やっぱり、一本に すべきでしょう、と。
  前半の、官房長官を 引き連れて行く時の、
  あの、延々と 時間を引き延ばす ドラマツルギー、ないじゃん、
  というようなことを きちんと言ってあげられるかどうか」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「それ、意外と 周りの人 って、言わないじゃないですか、
  イエスマン が 中心で、多かったりすると」
岡田くん
  「いや、言いますよ」
清水さん
  「そうですか?」
岡田くん
  「言いますよ(笑)」
清水さん
  「(笑)」
岡田くん
  「めっちゃ 言っちゃいますよ、そんなの。
  それで 議論して、こうなるわけですから」
清水さん
  「いやいや、公開された後も」
岡田くん
  「あ、公開された後ね、はいはい」
清水さん
  「だから、そういう言葉が、きちんと伝わっていればね」
岡田くん
  「いや、伝わりますよ、そんな、いろんなとこで 書かれてますし、
  いろんなとこで 言われますもん、だって」
清水さん
  「でも、意外と メディア に・・・」
岡田くん
  「でも、その説明、こっちは できるんですけど・・・」
清水さん
  「メディアに 意外と、載ってなくないですか?」
岡田くん
  「メディアには 載ってないかなぁ。
  でも、載ってる雑誌とか、やっぱり 目に付いちゃうので、僕たちは」
清水さん
  「あっ、そうなんですか」
岡田くん
  「やってる側としては、あ、それは もう、わかってて、こっちは やってんだよ、とかって。
  そんなこと 言われれるの わかって・・・わかりながら、
  最初に もう、予測は付く じゃないですか」
清水さん
  「はい」
岡田くん
  「そういうこと言われるな、っていうことは、予測は付くけど、
  でも、作品としたら、この方が 一番 ベストだ、っていうことを、
  こっちでは 結論して、GO を出して、製作は 回っていくわけじゃないですか。
  だから、言われるのは わかっていることだし・・・」
清水さん
  「だから、そこでね、GO を出す時の 基準ですよね。
  それを きちんと分析して 解析して、批評が出れば、
  この次に作られる映画の時に、どうなるのか」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「ね。 だから、それは 今、基準としては どうしても、
  興行収入、いかに上げるのか、っていうことが メインに なっていて、
  もし そこで、前後篇が圧縮されて、2時間20分ぐらいの 映画だったら、
  もっと 歴史に残ってたかも しれないし、っていう可能性がある。
  そういうことを きちんと、単に、罵詈雑言ではなくて、
  残していく、っていう作業が、ほんは 批評としては 大事・・・」
岡田くん
  「うーん、そうですよね。 まあ でも、難しい・・・ですよね」
清水さん
  「だから、それを言いたい 書きたいと思っても、 
  なかなか 書かしてくれないところも多い、ということです」


(曲)
PHISH 『FREE』


岡田くん
  「きっと、映画評論家の方も、日本の映画、
  文化として 映画として、良くしようと思って 評論してるとこも、絶対あって、
  で、僕らって 作り手で、主演とか やってると、やっぱ、その作品だけでは なくて、
  日本の映画業界が もっと、ほんとに良くなって、もっと いいものが作れるように、
  例えば、アクションをやろう、とか、そういうの考えて やってるんで、
  それは 映画業界のためにも、自分達が 何をできるのか、っていうことを考えて、
  自分達なりに行動して 映画を作っていく、参加して やっていく、そういう状況で、こう、
  でも、どういうふうに 付き合っていけばいいのかな、とは思うわけですよね」
清水さん
  「(笑)あのね、やっぱり、映画がね・・・」
岡田くん
  「特に、主演と 映画評論家の方と・・・
  主演をやると、映画の評論家の方との付き合いは、難しいなと思うんですよ。
  わかりますか(笑)あんまり 言えないことも、たくさん あるけど」
清水さん
  「(笑)はい」
岡田くん
  「あんまり、言えないことも あるじゃないですか。
  主演として 背負ってるから、ほんとのことは・・・自分の ほんとの気持ちは、
  例えば、言わないだろうし、
  そういうのも含めて こう、なんだろう、
  それは 映画評論家の方も、いま 言えないことも、たくさん あるだろうし、それは・・・ねえ」
清水さん
  「だから、パブリシティー としての インタビューと 分けて、
  自分の本音を語る、っていうような場を作っていく、っていうのは、
  意味があるかもしれないですね」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「ハリウッドの スター なんかも、そういう出かたをする人、結構 いますよ。
  もう、ジャンケット的なもの っていうのは、わきまえてね、宣伝だけに 徹するけれども、
  時たま、メディアを選び、評論家や記者を選び、
  自分の本音を語る、というようなことをやってる、スタイルは ありますけどね」
岡田くん
  「うーん。 なんか、同じように考えていて、
  日本の映画界、映像界、良くしたいと思って、
  で、どういうふうにすれば、一番いい形なのかな? って 思ったんですよね。
  やっぱり こう、先ほど、あんまり良くない・・・日本の映画界の状況は 良くない、と思います。
  でも、一般的に宣伝してんのは、興行成績が 過去、トップに なりました、とか、
  調子いいんですよ、って 言ってるわけじゃないですか。
  でも “いい” って 言わないと、人 って 来てくれなくなる可能性も あるし・・・」
清水さん
  「そこの、バランスですね」
岡田くん
  「実際、でも 興行成績的には、やっぱり いいので、
  やっぱり、いい、って 正直に言うし、それ、興行成績 悪いんですよ、って 言ったら、
  言った途端、行かなくなる人も いるわけじゃいですか」
清水さん
  「つまり、評論家 っていうのは、評価の基準を 興行成績だけに置かない、っていうことが、
  一つ、意味があるはずなんですよ。
  それは、例えば、コンビニ っていうものを 例えた時に、
  映画館ではなくて、コンビニ っていう場で 売られている物、
  これは、ほんとに 売れ行き下がったら、すぐ 商品は抜かれて、無くなっちゃいますよ。
  で、売れ線のものは ゴールデンライン っつって、胸ぐらいの高さのとこに、全部 並べられて、
  ところが、映画 って 果たして、そういう、
  コンビニで売られているような、製品だとか 商品と同じか? っていう問題」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「当然、映画にも、商品や製品としての 役割がありますよね。  
  お金かけた以上、回収しなきゃ いけないし、儲けなきゃ いけない。
  ただ 一方で、単に、コンビニで売ってるものとは違って、
  そこには、人の思い や、その芸術性、アーティスティックなものが入っている。
  それを いかに評価するのか。 そこの、バランスですよ、本来は」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「芸術として アート として、ないしは 製品として 商品として、
  それを 総合的に見て、ほんとは 評価していかなきゃ いけない。
  ところが、いま現在を考えると、
  興行収入という、マーケティング的、ヒット っていうものが、
  物差しとして、ちょっと 傾き過ぎている、っていうのは 感じます」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「そう 思いませんか?」
岡田くん
  「いや、思いますよ」
清水さん
  「(笑)」
岡田くん
  「(笑)もちろん 思いますし、それだけじゃないけど、
  うーん・・・そうなってしまってる 現状と、
  そうしないと、もっと 予算を掛けて、もっと良質の・・・
  予算を掛けりゃいい、って問題でもないですけど、
  現場にいると、やっぱり、
  もっと お金があれば、もっと いいものは できる可能性も あるわけですよね。
  特に、真ん中の エンターテイメント、目指そうと思えば」
清水さん
  「うんうん」
岡田くん
  「アーティスティック、アーティスティック、って行けば、違うかもしれないですけど、
  やっぱ もっと、なんだろう、
  回収できるとか、そういうもの作らないと、
  もっと、お金が入ってこないと、もっと、喜んでもらえるものは できないから、っていう、なんだろう、
  作品もあるじゃないですか。
  そうじゃない作品も、もちろん ありますし」
清水さん
  「はい」
岡田くん
  「だから その・・・ま、もちろん 現場と、製作者と、宣伝と、
  もう、思想も 全然 違うので、それが 一つに、
  完璧、一つになる、っていうことは、なかなか難しいとは思うし。
  それで、批評とか 評論家の方とかの、えーと・・・
  それを 全部わかったうえで 回答してるか、っていうと、そうじゃない じゃないですか」
清水さん
  「ま、もちろん そうですね」
岡田くん
  「だから、そこが 上手く 一つに、こう、絡み合って、意識が統一できるのは、難しいのか・・・」
清水さん
  「うーん。 だから、最終的には、評論家はね、そこまで、
  マーケットに対して 影響力を持てるような 力 が あるか、っていうと、
  いま現在、なかなか無いですよ、弱いですよね」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「結果的には、資本の力 でもって、判断したもので動いちゃう。
  例えば・・・例えばですよ、もし 『SP』 を 前後篇、一つに まとめていて、
  キュッ と締まった作品にしていたら、
  当然、2本に分けた時よりは、興行収入は減るでしょうね」
岡田くん
  「うん」
清水さん
  「ただし、まとめて作って、良質な、
  もっと クオリティー の圧縮した、濃密なものができた時に、
  パート2 が あったんじゃないか・・・っていう 可能性もあるわけですよね」
岡田くん
  「それは、いろんな・・・(笑)ま、これで 話したら 長いですけど・・・」
清水さん
  「(笑)」
岡田くん
  「いろんな面で 考えると、作品的にも、ドラマシリーズ が終わって、
  ま、ドラマからがあって 『革命篇』 
  堤真一さんと 井上・・・僕が 戦う、って なるまでに、
  一個、挟まないと、やっぱり、その・・・ドラマシリーズ が終わった後に、
  この人、なんなんだ、ってとこから、
  一個、何か挟まないと、急展開すぎる、っていう話も あるわけですよね。
  だから そういう、作品をもって考えれば、
  でも、商売的に こうしたんだろう、っていうのも言われる。
  でも、もちろん、そういう面も あると思うんですよ、それを進めていくには。
  でも、作品的にも これが ベストだ、とか、
  いろんな要素、って 考えた中で、こうした、っていうのが、もちろん あるわけじゃないですか。
  だから、結果 どうしてたら ベストなのか、っていうのは、
  まぁ、正直 わからないところが あるじゃないですか」
清水さん
  「でも、たぶん、今 こういうふうに語ってる話、って、
  そんなに みんな、一般の人達が知ってる話 じゃないと思うんですね」
岡田くん
  「知らないですよ(笑)絶対、知らない・・・」
清水さん
  「(笑)」
岡田くん
  「言ったこと無いですよ」
清水さん
  「ですよね(笑)」
岡田くん
  「僕は そこに・・・僕も 議論をしたわけでは ないので。 知ってるだけで」
清水さん
  「だから、そういうことが もっと、
  アメリカ なんかの、映画の現状でいくとね、もう少し、語られてるわけ。
  業界的に閉じた話 じゃなくて、みんなの目に触れる形になり、
  そして、みんなが 映画製作、っていうものの現実を考える、っていう 機会がある。
  だから ほんとは、評論家や メディア っていうのは、
  そういうことを意識して、載っけていく。 これはもう 『SP』 に限った話では なくて、
  そうすることが 次のね、展開に プラスになる、っていうこと。
  決して、その作品だけを 批判して、貶める っていう意味では なくてね、
  もし こうだったら、こうなるんじゃないのか? っていう、仮説を検証していくためにも、
  もっと開いた方が、僕は、いいと思いますよ」


(曲)
IGGY POP 『LUST FOR LIFE』
トレインスポッティング


岡田くん
  「じゃあ、うーん・・・もっと 付き合わなきゃ いけないですよね」
清水さん
  「そうそうそう、だから、そのために やっぱ、まず・・・」
岡田くん
  「(笑)批評家の人と 話して、
  製作陣も、腹を割って話して、
  載せれる言葉があるか無いかは 別として・・・」
清水さん
  「そういうことですよ」
岡田くん
  「そういう(笑)まあ 『こっちは こういう狙いなんですよ』
  『あ、それだったら わかる』 なのか、
  『それは でも、こうしてた方が、作品のために・・・』 とかっていうことなのか、っていうのも」
清水さん
  「うん」
岡田くん
  「もしかしたら、作ってすぐは、無理かもしれないですけど、時間が経って、
  公開、経って、ちょっと まぁ、半月?なり、3か月たった後で、
  そういうものを載せていく、っていうことであれば、その・・・」
清水さん
  「もちろん」
岡田くん
  「宣伝的にも、いいかもしれないし・・・」
清水さん
  「素晴らしい」
岡田くん
  「それは、なんか、やっても 面白いかもしんないですけどね」
清水さん
  「ねえ」
岡田くん
  「途中で・・・まぁ、公開初日に、そういう情報は 流さない方が、僕は いいと思いますけど、
  ちょっと、時間が経ったら・・・」
清水さん
  「アメリカでは その辺、ドラスティックですよ」
岡田くん
  「へぇー」
清水さん
  「公開初日とともに、web 上に、全部の メディアを平均値化したものが出ちゃうわけ。
  例えば、この間、今やったのは 『パイレーツ・オブ・カリビアン』 の、新しいやつね。
  あれなんかも、ギリギリまで 見せられなかったんだけれども、公開した日に、
  各映画評を 全部 平均すると、OK って 言ってる人は、30パーセントです、って 出るわけ」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「そうすると、うわっ! 低いな~ っていうことで、興行収入に ものすごい影響を与える。
  日本は これが、比較的 やっぱりまだ、穏やかです」
岡田くん
  「うーん・・・でも、もう、なんか、上手いこと、
  なんか そういうので、付き合えれば、
  なんか 例えば、こういう、
  なんで この時、こういう表情してたの? って、
  まぁ、それは いろんな理由があると思いますよ、
  流れが こうだったからとか、こういう感情で こうしたから とか、監督の指示で とか、
  いろんな状況が あると思うんですけど」
清水さん
  「向いてる方向がね、やっぱり ポジディブに、同じである、っていうことが重要です」
岡田くん
  「であれば ですよね」
清水さん
  「それをね、はじめっからね、あれは あすこの事務所だから、とか、あの監督だから、とか・・・」
岡田くん
  「そういう人、いるじゃないですか、だって・・・」
清水さん
  「いるんですよ。 それは います」
岡田くん
  「評論家の中にも」
清水さん
  「ブラック ジャーナリズム 的なね、ノリ っていうのは ありますからね、
  それは やっぱり、話に・・・俎上に載らないでしょうね」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「そうじゃなくて・・・だから 僕は 『SP』 のテレビシリーズ、大好きでしたよ」
岡田くん
  「ん・・・」
清水さん
  「やっぱり、劇場版に至るまでの時間が ちょっと 空き過ぎた、っていうのは、
  一番、感じました、まず」
岡田くん
  「まあ・・・アクション やるには・・・」
清水さん
  「鍛えなきゃ いけなかった」
岡田くん
  「鍛えなきゃ いけない、っていうか、準備 っていうか、その、肉体を CG では なくて、
  肉体を使った アクションで 派手なことをやろう、っていうと、
  やっぱり、OK が出ないんですよね。
  いろんな部署からも そうですし、いろんなとこからも そうですし・・・」
清水さん
  「あれは ほとんどね、スタント無しでね、実際に やって、アクションを中心に 作り上げて、
  で、日本のエンターテイメントの中で 出していく、っていうのは、
  企画として、ほんと 重要ですもん」
岡田くん
  「うーん」
清水さん
  「それが もっと、やっぱり 向こうのね、
  ハリウッドに 比肩するようなものになるためには、どうしたらいいのか、っていうね、
  それを単に、向こうから評価されて、リメイクする、っていう オファー があった、っていうことが、
  最上級の価値になるんでは なくて、
  ほんとは 日本では、もっと こういうことをしたかったんだ、っていうことをね・・・」
岡田くん
  「それは、だから、僕らが リメイクされて、
  やった! そこが最上級の価値だ、なんてのは、現場の人間は 思ってないですよ」
清水さん
  「うん」
岡田くん
  「それは、宣伝マン が思う(笑) それを宣伝として、
  リメイク の オファー が来てるみたいです、っていうのは、
  宣伝の要素として、プラスになるから 言わせてくれ、っていう・・・話で」
清水さん
  「いいですね、岡田さん! その発言は(笑)」
岡田くん
  「(笑) 日本で、海外の人にも、言葉が通じなくてもわかるものを作りたくて、
  日本のためを思って、アクションやる、体つくる、
  CG で、お金が・・・CG、時間 イコール お金だから、お金かけずに、肉体を使って、
  もっと 言葉が通じなくても わかるものを作ろう、っていうのが 『SP』 の、はじまりだったから、
  リメイク権が来て、やった~! とか、それは・・・その、なんだろう」
清水さん
  「(笑)」
岡田くん
  「宣伝で、舞台上で 『リメイク権 みたいですね』 ったら、
  『あっ、嬉しいです』 って、言いますよ」
清水さん
  「うん」
岡田くん
  「でも、そこは別で、
  あ、そうなんだ、そこが目標じゃないから、と思ってても、主演だから、
  『あ、そんな、ありがとうございます』 って、もちろん。
  そこで 別に・・・『別に~』 なんて、言った日には・・・なんだろう(笑)」
清水さん
  「アハハハ(笑)」
岡田くん
  「それ、おかしいわけじゃないですか、主演としてね、責任もあるし、
  『あ、ありがとうございます』 って。
  宣伝を担って、含めて 主演だし、
  作品を背負うことが 主演だから、その・・・その場では言わない。  
  『そんなん、どうでも いいですよ』 なんては、絶対 言わないわけじゃないですか」
清水さん
  「だから、それをね、やっぱり、岡田さんが そういうふうに思っていても、
  言わないことによって、わからない人も いるわけですよ」
岡田くん
  「いえ、言えないですけどね(笑) 言えないし、うーん・・・それを最高に嬉しいと思って、
  ま、たしかに、リメイクされたんだったら、ちょっとは嬉しいです。
  リメイクまでされて、どうなるのかな、っていうのは 嬉しいですよ。
  でも、そこが最上級で、そこが終着点だとは、思って 作ってないですけどね」
清水さん
  「あのね、オスカー を取った 『ディパーテッド』 なんてね、酷いもんですよ。
  やっぱ、全然 オリジナルに 敵わないですからね。 香港映画。
  ただ やっぱり、最終的には、自分達が、
  自分達の手で、向こうに進出していく、というぐらいなところに、
  やっぱり、行ってほしいですもんね」
岡田くん
  「そうですね。 それを目指して、みんな やっぱ、やってる人もいるし」
清水さん
  「うん。 そういうことを全部 含めて、目指すべき理想が高ければ、
  ほんとは もっと、批評も 共有してね、
  お互いに、切磋琢磨しあって 影響していく、っていうのが、
  一番、幸せな形だと、僕は思いますけどね」
岡田くん
  「うーん。 ま、話せれば 面白いかも しんないですね。
  今日、ちょっと、話してみて 思いました」
清水さん
  「ちょとですか(笑)」
岡田くん
  「アハハハ(笑) ちょっとじゃないですけど、ま、なんか どっかで話せれば、なんか・・・」
清水さん
  「向こうのね・・・」
岡田くん
  「わかんないですよ。 めっちゃ、ケンカになるかも しれないですけど」
清水さん
  「そうそう。 向こうの・・・当たり前だもん、そんなの」
岡田くん
  「現場、来てみろよ! っていう(笑)
  現場、来たら、それが、できること できないこと、
  道路交通法違反 とか、いろんなことと、こっちは闘ってんだよ、っていう、
  そん中で、網を抜けて やってんだよ、っていう こう、ケンカになるかも しれないけど(笑)
  もしかしたら、面白いかもしれない」
清水さん
  「その ケンカも含めて、載ってるのが 面白いですけどね、できればね」
岡田くん
  「そうですね。 なんか・・・」
清水さん
  「たぶん やっぱり、雑誌で機能しないのは、その辺が 予定調和的に なっちゃってるから、
  ビビット じゃない、って感じる人達が 多いんじゃないですかね」




岡田くん
  「じゃあ、ま、最後に、えー、理想の評論家・・・」
清水さん
  「ん?」
岡田くん
  「理想の評論家とは、なんですか?」
清水さん
  「それは やっぱ、岡田さんと 面と向かい合って、ちゃんと話せることですね」
岡田くん
  「アハハハ! じゃ、また 話しましょう」
清水さん
  「(笑)」


(曲)
LISA LOEB AND NINE STORIES 『STAY』
Reality Bites



(対談が終わって、岡田くんの感想)

「さあ、ということで、えー、清水節さんと お話をさせていただきました。
いやあ、うーん・・・なんでしょうねぇ、映画評論家の方と、やっぱ 話すことがなかったんですけど、
やっぱ、楽しかったですかね。

なんか もっと、自分が出てる作品に対して、なんか、
どっかで 話しても、面白いかなぁ と思いましたし・・・なんだろう、
でも、お互い ほんとに、より良い話ができるためには、
お互い レベルを上げないと、上手い話ができないんだろうな、と思うし、
お互い、責任もって話すというか、出てる側も、その作品に 責任を持って、
こういうつもりで やってるんだ、とか、そういうのも、
何も無いで 考えないでやってると、無理だろうし、話せないだろうし。
  
うーん、でも やっぱり・・・お互い、ねえ、その作品を含めた、
その先にある、日本映画界とか、そういうものを良くするために、っていうのが、
大前提にあるのであれば、ある人達同士で話せるのであれば、
そういうのも ありだなあ、と思いましたねえ、うーん・・・

なんか でも、出る側も、作ってる側も、
評論家の方々とか、ちょっとこう、なんだろう、
ちょっと、ナナメから見てるとこも あるんですよね、ぶっちゃけ、たぶん。

だから、なんか、面と向かって お話できる、っていうのは、すごい 楽しかったですし、
特に まあ、普通でもあると思いますけど、なんか ねえ、そういう こう、
僕らとか だったら、ジャニーズだ、っていうのがあれば、
それで、そういう見方をする方も もちろん、
普通にも いれば、批評家の方も いると思うし、なんか、
もしかしたら、そういうのを取っ払うためにも、
そういう方々と、面と向かって ぶつかっていく っていうのも、
一つ、手なのかな、とは 思いましたね」


(曲)
MGMT 『THE YOUTH』
Soundtrack



(清水さんからの コメント)

「僕の場合は、やっぱりね、映画を 単に、娯楽として 楽しんで観るだけでは なくて、
それが 今の時代に、なんで作られて、みんなの前に 公開されるのか、っていうような、何か こう、
役割というか 意味とかいうものを 掘り下げて考えたいな、と。

そのために、自分自身を、
自分が 何を考えてるのか、っていうことも含めて、映画を、
それを反射する素材として 捉えると、
自分の考えてることも、だんだん だんだん、煮詰まってくる と。
よく、わかってくる、というようなことは あります。
自分自身を表現するために、映画というものが、一番、
向き合った時に、表現しやすい」

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